情感[ 他者との関係性]触覚のコミュニケーションデザイン

触感が生み出す感性的反応

  触れることは、対象の質感認知や存在の実感以外に、他者へ情感を伝えるために使われます。肌が誰かに触れると、快・不快といった感情がわき起こるのもその一例です。ハプティックデザインにおける情感の設計は、身体の接触や感覚の同期に基づくものと、触感を通じた言語的コミュニケーションに基づくものに、大きく分けられます。

  私たち人間は、心音や声などの身体から発せられる音(振動)を聞くと、音を発した人の感情や意図を無意識に推定してしまいます。例えば、ホラー映画で主人公が追い詰められるシーンでは、心臓の鼓動音がサウンドエフェクトとして使用され、クライマックスに近づくにつれて、その周期が速くなります。これは、見ている人に、聞こえてくる鼓動音を、あたかも自分の鼓動のように感じさせ、より緊張してしまうように誘導する仕掛けです。このような現象が起こるのは、映像の中の人と見ている人が同じ身体を有していることが理由と言えます。例えば、ネズミの心拍数は1分間に300回程度ですが、仮にネズミの映像にネズミの心拍数をサウンドエフェクトとして加えたものを作ったとしても、われわれ人間にとっては、緊張感をもたらすものにはならないでしょう。このような、「身体や感覚の同期から生じる半自動的な感情移入」は、触覚によっても生じ、情感を揺さぶる重要な原理となっています。

  もうひとつの「触感を通じた言語的なルールの生成」は、言葉の始まりにヒントがあります。私たちが意思や感情を伝えるときには、耳で聞こえる音声や、目で見える文字を使用します。ただし、言葉を話すとき声は音自体を伝えるのではなく、その音のパターンが示す意味を伝えていますし、文字を書くときも、文字の形自体を伝えるのではなく、その形が示す意味を伝えています。では、触覚においても、触感そのものではなく、そのパターンから何らかの意味を伝えることはできないでしょうか。


振動をコミュニケーションツールに

  トントンと誰かの肩を叩くとき、それは振動を伝えることが目的ではなく、こちらを向いてほしいという意味を伝えています。このような、人が触感に対して何らかの意味を見出す性質を利用して、振動のみによるコミュニケーションの実験システムが開発されています。下図のように、二人の体験者はそれぞれ、お腹と背中に振動子をベルトで装着します。一方の体験者が手元のボタンを押すと、相手の体に振動が伝わります。ボタンの種類は9種類あり、それぞれ異なる触感の振動が相手に伝わります。このシステムでは、お互いが、振動だけで何らかの意図を伝えるという状況が生まれます。私たちは、メールやアプリにおいて、顔文字やスタンプだけで会話を行うことができます。同じように振動の触感に対しても、受け手は送り手の意図や感情を推定し、何らかの触感を送り返すことができるでしょう。このように触感の背後に何らかの心の働きを感じ合うことで、コミュニケーションを行うことが可能になると考えられます。

触感によるコミュニケーションの実験システム。振動を言語のように使って意図を伝える試み。


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