コミュニティにとっての
ウェルビーイング指標

社会生活を営む上で、私たちは何らかのコミュニティに属しています。このとき、一個人としてではなく、家族や地域社会などのコミュニティ全体としてのウェルビーイングとは、どのように定義され評価することができるのでしょうか。コミュニティについて理論と実践の両方から研究する赤堀 渉氏に話を聞きました。

赤堀 渉

赤堀 渉
Wataru Akahori

日本電信電話株式会社 社会情報研究所 Wellbeing 研究プロジェクト。2015年早稲田大学先進理工学部応用物理学科卒業。2017年早稲田大学大学院先進理工学研究科物理学及応用物理学専攻修士課程修了。同年NTTサービスエボリューション研究所入所。現在、NTT 社会情報研究所研究員。HCI、CSCWの研究に従事。

コミュニティが持つ可能性に着目する

—赤堀さんが、ウェルビーイングの研究に携わるようになった経緯を教えてください。

赤堀:私はHCI(Human Computer Interaction)と呼ばれる分野の研究を行ってきました。大学院修了後は、人とコンピュータの関わりについて研究できる企業をと考えてNTTに入社しました。入社後、研究を進めていくうちに、個人の認知に対する興味が、社会的な要因や集団によって起こる人の変容に対する興味に移ってきました。

—研究対象が人から社会やコミュニティに移っていったということですが、そこで感じたことなどはありますか?

赤堀:例えば、人が感じている不安やモヤモヤしていることに対して、目の前の身近な人だけでなく、心理的な距離の離れた人にも援助を求めることができるならば、コミュニティというものの可能性が広がるのではないかと考えています。さまざまな人がいる集団が持つメリットを生かすような研究をしたいと思っています。

コミュニティのウェルビーイングを主観、客観、間主観で評価

—赤堀さんは「コミュニティのウェルビーイング」を、どのようなものだと考えていますか?

赤堀:個人的には、コミュニティのウェルビーイングという考え方自体は、そんなに新しいものではないと思います。ただ、コミュニティのウェルビーイングは、結果が見えづらいのかなと。例えば、コミュニティ向けのサービスを設計したとします。しかし、それをいざ評価するとなると、どうしても、それ自体の使いやすさ、ユーザー数やアクセス数といった、もともと意図していたものから離れたわかりやすい数値で評価しがちです。そこに「コミュニティ・ウェルビーイング」という概念を設定して、それを評価する枠組みを作れば、本来めざしていた意図が本当の意味で達成できるのではないかと考えられます。

—コミュニティ・ウェルビーイングの概念について、もう少し詳しく聞かせてください。

赤堀:コミュニティ・ウェルビーイングには一意の定義があるわけではなく、いろいろな人がさまざまな言い方をしています。ただ共通しているのは1つの評価軸に絞るのではなく、包括的な定義の仕方をしているということです。多くのコミュニティ・ウェルビーイングの評価は、コミュニティに対するウェルビーイング(Community Well-being)と個人のウェルビーイング(Individual Well-being)の評価に分けられます(図1)。さらに、個人のウェルビーイングは客観的(Objective)指標に基づく評価と主観的(Subjective)指標に基づく評価に分けられます。例えば、その人の収入や社会的身分は客観的指標ですし、生活の満足度は主観的指標です。一方、コミュニティのウェルビーイングでは、客観と主観以外に間主観的(Intersubjective)指標があります。例えば、あるコミュニティサービスがあったとき、苦情の少なさは客観的指標、「サービスを利用したとき、あなたは良い状態だと感じましたか?」という質問への回答は主観的指標、「利用したことでその地域のほかの人たちも一緒に良い状態になっていると感じますか?」という質問への回答は、ほかの人の主観に関する評価であり、間主観的指標となります。つまり、自分だけでなく、自分が属するコミュニティのほかの人たちの満足に関する認知、という評価軸が入ってきます。そうすると、そのコミュニティのほかの人がどういうウェルビーイングを志向しているのか、それが自分のウェルビーイングと共通しているのか、異なるのかということも、コミュニティ・ウェルビーイングにおいては大切です。

[図1] 個人のウェルビーイングとコミュニティのウェルビーイングの構造

[図1] コミュニティ・ウェルビーイングの評価は、コミュニティに対するウェルビーイングと個人のウェルビーイングの評価に分けられる。さらに、それぞれ客観的指標と主観的指標に分かれるが、コミュニティに対するウェルビーイングには間主観的指標が存在する。「Kim and Ludwigs 2017: p.427」に基づき作成[※1]

指標の模索と今後の課題

—赤堀さんが、実際にコミュニティ・ウェルビーイングの評価について取り組んでいるフィールドはありますか?

赤堀:2019年から、横浜市、東急、NTTドコモ、NTTで、たまプラーザ駅北側地区で「データ循環型のリビングラボ」という取り組み[※2]を行っています(取材当時)が、そこでコミュニティ・ウェルビーイングを計測できないかと考えています。これまではサービスのユーザー数などを指標としていたのですが、さらにコミュニティ・ウェルビーイングの指標が使えないかと考えています。ただ、先ほど述べたようにコミュニティ・ウェルビーイングの定義は多様で、何を評価したいのかに応じて項目を考えていく必要があります。

—具体的にはどのような考え方をされたのでしょうか?

赤堀:いろいろ調べたのですが、先行研究の中に「これですべてOK」いう指標はありませんでした。しかし、「地域の他者との関係性を大事にする」というたまプラーザのリビングラボでのコンセプトに近い、「Neighbourhood Thriving Scale」[※3]というものがありました(図2)。これは、近隣の社会環境が良いと感じるか、近隣の社会環境が効果的に機能していると感じるかを測定するために作成された心理尺度です。57項目の質問に対するアンケート回答を集計すると、コミュニティ・ウェルビーイングを評価することができます。現在、結果を集計している最中です。

—コミュニティ・ウェルビーイングの指標をどのように利用すれば、コミュニティの活動がうまくいくのでしょうか?

赤堀:現在のところ、既存の指標を使って評価していますが、本来であれば、その地域がめざしたい姿はコミュニティごとに異なるはずです。そのため、その地域で大切にしている価値観に基づいて、具体的な質問に落として評価していくのが理想です。また、時代によって人やコミュニティが大切にしたいものも変わっていくことを考えると、定期的に指標を見直す必要があると思っています。

Neighbourhood Thriving Scaleの概念群と質問例( 日本語訳は赤堀氏より提供)

構成概念 質問例
助け合い|Collective positive effort ほとんどの場合、私の住む地域の人々は、人の役に立とうとしている。
地域参加|Participation 私は、私の住む地域のために、自らボランティア活動に参加している。
祝福|Celebration 私の住む地域のコミュニティでは、自分たちの功績を称えている。
社会関係の機会|Social network pathways 私は、私の住む地域の人々に親近感を感じている。
楽観性|Optimism about the community 私は、私の住む地域の変化に気付くとワクワクする。
社会的結束|Social cohesion 私の住む地域の人々は、敬意を持って対立を解消している。
交友の機会|Engagement pathways 私は、私の住む地域の人々の名前を覚えるようにしている。
安全性|Safety 私は、日中、私の住む地域を1人で歩くのは安全だと思う。
自律的な市民参加|Autonomous citizenship 私は、ハラスメントを受けるという心配をすることなく、私の住む地域のコミュニティに対して自由に意見を述べることができる。
前向きな配慮|Positive regard 私は、私の住む地域の人々が必要としていれば、助けたり支援したりするだろう。
レジリエンス|Low resilience 私の住む地域のコミュニティは、誰もが影響を受けるような事態(例えば、荒天、テロ、凶悪犯罪など)が発生した場合、元どおりの状態になるのに長い時間がかかるだろう。

[図2] コミュニティ・ウェルビーイングの評価に利用した「Neighbour hood Thriving Scale」を構成する概念と、その質問例。たまプラーザのリビングラボにおいて、これをベースとしたアンケートを実施した。


[※1]Kim, Y.,& Ludwigs , K .(2017). Measuring Community Well-Being and Individual Well-Being for Public Policy: The Case of the Community Well-Being Atlas. In R. Phillips& C. Wong (Eds.), Handbook of community well-being research, pp. 423–433.
[ ※2]横浜市、東急、NTTドコモ、NTTが、住民主体のまちづくりの活動をICT・IoT技術で加速する新たな取り組み「データ循環型のリビングラボ」共同実証実験を開始 https://journal.ntt.co.jp/article/2951
[ ※3 ]Baldwin, C., Vincent, P., Anderson, J., & Rawstorne, P . (2020).Measuring Well-Being: Trial of the Neighbourhood Thriving Scale for Social Well-Being Among Pro-Social Individuals. International Journal of Community Well-Being, 3, pp. 361–390.


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