藤木 淳
1978年、福岡生まれ。科学技術振興機構さきがけ研究員、東京藝術大学JST研究員、武蔵野美術大学非常勤講師。博士(芸術工学)。表現と原理の新たな関係性を築く研究をしている。研究成果をArs ElectronicaやNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]など、国内外の展示会等に発表している。
専門分野:表現研究、コンピュータグラフィクス、インタラクション、
ファブリケーション
体験者の解釈を揺さぶる数々の表現を生み出してきた、表現研究者 藤木淳さんに “ リアル” についてお話を伺いました。
藤木さんの作品は、紙面だけでなく、ぜひ、映像を見たり、実際に体験してください。アプリや映像は、下記のウェブからダウンロードできます。
http://jun-fujiki.com/
http://jun-fujiki.com/
物理の法則と主観の法則を行ったり来たり
藤木さんがこれまで行ってきた制作・研究についてお聞かせください。
藤木: 私の代表的な研究内容を紹介します*1。画面の中に、ブロックで道を作って、そこにキャスト(人型の人形)を配置すると、勝手に歩いてくれます。落とし穴とかも作ることができて、そこをキャストが歩くと下へ落下します。その時、画面にあるように物理的にはつながってなくても、それを見ているユーザーの主観視点でつながっていれば、下のブロックに着地することができるんです。これで伝えたいところは、見た目もそうなんですけど、やはり原理にあります。この作品は「OLE Coordinate System(オーエルイー・コーディネート・システム)」というのですが、コーディネートシステムは座標系で、OLEというのは“オレ”なんですね。物理法則ではなく、“オレの座標系” に従って動くことで、体験者の解釈を揺さぶる表現が生まれるわけです。1.「OLE Coordinate System」の画面
本作をベースに、藤木さん監修のもと、株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント)よりPlayStation®3およびPlay Station®Portable用ソフト『無限回廊』(2008)が製作・販売された。
人を歩かせるのは理由があるのでしょうか?
藤木: ユーザーに、もっとこの世界に没入していく感覚を提供したいと思い、自分の分身的な人(キャスト)を登場させることによって、外から操作しつつも、実は中にも自分がいるみたいな、間接的に世界に没入するような感覚が得られないだろうか、と考えたわけです。また、これを映像作品ではなく、ブロックやキャストを配置したり、視点を変えられるインタラクティブな作品にしたのは、背後に潜むオレ座標系の存在をプレーしながら感じてもらうためでした。シンプルな原理から生き物っぽいものを作る
その後、制作の興味はどのような方向へ向かったのですか?
藤木: OLEでは、キャストの動きが条件分岐によって決まっているんですね。例えば、キャストが落下する時に、状況によって、ブロックに着地させるかどうかの条件分岐が発生するのですが、それってあまりキレイじゃないな、という思いが出てきたんです。あと、人の身体は、頭とか腕とかいろんな部位でできてたり、もっと言うと細胞レベルでも様々なもので構成されていますが、それ全体に同じ法則を加えているというのも、モヤモヤを感じていました。その後、作ったのが「Constellation」*2という作品で、画面上にたくさんの点が散在していて、地面のように見えるわけですけど、それらの見る角度を変えていくと、突然、点群の一部が3Dの人や犬、鳥の形態を表しているように見えることがあり、それらが生き物として動き始めます。“バイオロジカルモーション”と呼ばれる知覚現象を利用しているのですが、また、視点の角度を変えると、新しく生き物が生まれたり、さらに、動いているものが別の生き物に変わったりします。この作品は、シンプルな原理で世界がどんどん変わるものではあったのですが、やっぱり、後日モヤモヤすることになるんです(笑)。
2.「Constellation 」の画面
視点を変えることで人や犬、鳥のバイオロジカルモーションが現れる。
毎回モヤモヤしちゃうんですね……。
藤木: ここでは結局、僕が定義した形、人とか犬とかしか作れないんですよ。そこがちょっと限定的な感じがして、この後作ったのが「.PET 24(ドットペット24)」というやつなんです。これは24の点で構成されているのですが、2Dの点の分布を、3Dの生き物の点の分布として解釈するときに、テンプレートを使うのではなく、できるだけ生き物っぽい形になるような簡単なルールだけ決めます。具体的には、左右対称であるとか、胴体が中心にあるとか、変な骨格にならないようにして、それに合った動き方を決めます。それが“生き物”かどうかは、見ている側が勝手に決める感じです。24秒経ったら死んじゃうんですけど、死んだ時に、また違った生き物が出てきます。ちなみにこれには発展形があって、「.PET 25(ドットペット25)」*3は、1点増えてるんですけど、寿命も1秒長くなって、形成された骨格から、さらに肉体も生成されます。3.「.PET 25」の画面
点群から、生物の骨格が現れ、肉体が生まれてくる。
秩序にリアリティを与える
シンプルな法則から、人間の認知を利用しながら、複雑な世界体系や“生き物”を生み出すというのが制作テーマとなるでしょうか?
藤木: おっしゃる通りではあるのですが、実は最近、ちょっと変わってきています。そこは、リアリティに関することだと思うんですが、これまでの僕の作品はCGが中心で、「そうじゃないものをそうである」かのように見せて、だまし絵のようにある種のリアリティを想起させるものでした。しかし、最近は、原理自体に存在感を出したいと思うようになりました。CGの中の原理というのは「実体」がなく、地に足がついてないっていうか、現実世界と隔たりがありますし、何でもできてしまうから、見ている側としたら、そういうものとしてスルーしてしまう。オリジナルの世界は作りたいんですけど、完全にオリジナルだと、やっぱりファンタジーな世界、ちょっと中二的っていうか、その世界の存在感が弱くなる。実世界とのリンケージがなく、独り善がりなものになってしまう。なので、現実との接点を持ちつつも、そうではないところも内包する「原理そのものを表す」立体を作りたかったんですよ。それ自体が、見た時点でこういう原理が詰まっていることが分かるような。それでこういう立体が出てきたんです*4。
どのような原理をテーマにしたのですか?
藤木: これ(*4左)は、立体内部を構成する棒状の密度を変化させて、空間の濃淡表現をしたものです。新聞などで濃淡を表現する時に使われるディザ法と同じ要領で、立体であることを制約にして作りました。元々作りたい具体的な立体物のひとつとして、 “ ぼやけた” 立体がありました。僕が想定してるボケっていうのは、霧とかのもやもやってしてるボケではなく、フォーカスのボケなんですね。そういうものは現実にはないわけですけど、それが存在しているように感じられた時点で、ある意味リアルというわけで。これは(*4右)、一部が窪んだ球体を集めて人の形を作ったものですが、窪んだ部分と周囲の部分で、異なる方向の光源からの陰影を着色することで、視線方向に応じた表面反射の錯視を誘発してます。このような個別の質感表現をいろいろ試してきたのですが、これらを統一的な表現の原理にまとめあげたいと思いました。例えば、窪みに色を塗るというだけで、ある方向からは透明に見えたり、別の方向からは反射して見えたり、また、別の方向からは輪郭が強調されて見えるような形です。まずは、その基盤として、視線方向によって色が変化する立体を作りました*5。
これまでは、体験者に特定の何かを想起させることによって「リアリティのある体験」を引き起こすことに興味があったのですが、最近は、それに加えて、原理自体の「存在性」を生み出すことによって、原理を含めた次元でのリアリティを追求しています。こういう表現は、一見、アートのようにも見えますが、表現を通して人間を探る研究であると考えています。
4.マテリアライゼーション
5.マテリアライゼーション「視色」
見る方向によってマテリアルの色が変化する。