触覚がつなぐ
共生社会へ向けた学びの場

共生社会に向けた体験型の学びの場「触れてつながるスポーツラボ」。横浜市の小学校で行われたワークショップでは、触覚に関する体験の中で、子どもたちが自分の感覚を発見し、他者とつながり、パラアスリートと触れ合って、その学びを下級生に伝えました。4つのSTEPからなるこの取り組みのコンセプトや実際のワークショップの様子を紹介します。

自己から他者へと徐々に広がる
「感覚体験の4つのSTEP」

身体や感覚が異なる多様な人たちが、お互いを尊重し、支え合いながら生きられる社会。NTTの研究所では、子どもたちがこのような共生社会について学ぶきっかけとなる場「触れてつながるスポーツラボ」を行っています。この取り組みの特徴は、触覚に関するツールを用いることで、実感ある“ つながり”の体験を生み出していることです。そして、このワークショップの内容は、ラボの実践を通して見いだされた「感覚体験の4つのSTEP」に基づいています(図1)。

具体的には、STEP 1として「自己を見つめる」があります。参加者は、普段とは異なる体験を通して自己を見つめ、自分の感覚を再発見します。これは、自省的な意識の働きを活性化するプロセスでもあります。世界の見え方が今までとは少しだけ変化するきっかけとなるでしょう。

STEP 2は「他者との共有」です。ここでは友だちなどの身近な他者と、体験や感覚を共有します。相手を意識するだけでなく、自分が感じているように他者も感じているのだという共感的な気付きや、逆に、自分と他者は違うかもしれないといったことを受け入れる体験となります。さらには、身近な他者以外ではどのような人とこの体験をしてみたいか想像してもらいます。それは、自己からさらなる他者へと想像力の拡張にもつながります。

STEP 3「特別な他者を感じる」では、STEP 2で考えた特別な他者と、感覚の共有体験や対話を行います。例えば、視覚障がいの方や、アスリートなど、普段は触れ合うことがない人は世界をどのように感じているのか、感覚の異なる他者に話してもらったり、触覚的なツールを用いたコミュニケーションに挑戦します。

最後のSTEP 4は、「感覚を他の人へ伝える」です。これまで体験してきた感覚を、今度は他の誰かに伝えるプロセスとなります。参加者は、自分の体験がどうやったらうまく伝わるかを考えます。ここで重要なのは、伝えることを少人数に対して複数回行うことです。何度も行うことで、説明の仕方、つまり伝え方に工夫が生まれます。これらの4つのSTEPを1つのサイクルとし、繰り返すことも可能です。


図1 ワークショップにおける「感覚体験の4つのSTEP」
STEP 1 自己を見つめる

自分の心臓の鼓動を手の上の触感で感じる「心臓ピクニック」を体験し、触覚を通して生きている自分と感覚的に向き合う。

STEP 2 他者との共有

「心臓ピクニック」で相手の鼓動を感じたり、「触覚共有ボール」で触感を伝え合い、相手の存在を意識し、感情を共有する。

STEP 3 特別な他者を感じる

普段は触れ合うことがないパラアスリートという異なる感覚や身体を持つ人の話を聞き、「触覚共有テーブル」を使って感覚の共有を体験する。

STEP 4 感覚を他の人に伝える

自分たちが体験した感覚や共生社会への学びをほかの子どもたちに伝える。何度か繰り返すことで、どうやればうまく伝わるのかを考える。

横浜市の小学校での実践
STEP1と2で感覚を開く

「感覚体験の4つのSTEP」に基づくワークショップが、横浜市立神奈川小学校で3日間にわたって実践されました。参加者は6年生の一クラス約30名です。

ワークショップ1日目の会場には、STEP 1、2のために、3種類の触覚ツールが用意されました。1つ目は「心臓ピクニック」。胸に聴診器を当てると、鼓動に合わせて四角い箱が振動します。2つ目は「触覚共有ボール」。チューブでつながった柔らかいボールで、一方を握るともう一方が膨らむ構造です。そして3つ目は「触覚共有テーブル」。一方のテーブルをたたくと、もう一方のテーブルが振動します。3つとも、触覚を使ったコミュニケーションツールです。

STEP 1として、「心臓ピクニック」を子どもたちに体験してもらいました(写真1)。自分の心臓の鼓動に合わせて、手の上の四角い箱が振動します。まるで手のひらに心臓を置いたような感覚で、子どもたちは思わず驚きの声を上げます。自分が生きていることを感じ直すきっかけになり、同時に自分の感覚を見つめ直す体験にもなりました。

STEP 2では、身近な他者、つまり友だちに感覚の共有範囲を広げます。「心臓ピクニック」で友だちの鼓動を感じれば、友だちの生命としての存在をより強く意識します。また「触覚共有ボール」を使って、自分の気持ちに合わせてボールを握ると、もう一方のボールを握っている友だちに自分の感情を伝えることができます(写真2)。ワークショップでは、手だけでなく脇に挟んだりと、さまざまな身体部位で感じる工夫をする子どももいました。そして「触覚共有テーブル」では、子どもたちはいろいろなたたき方をして、相手にどのように伝わるかを探っていました。

1日目の最後、子どもたちに「これらのツールをどんな人と体験してみたいか」と質問しました。すると、「心臓ピクニックでアスリートの鼓動を感じてみたい」とか「触覚共有テーブルだったら、目が不自由な人ともコミュニケーションがとれるのでは」といった意見が出てきました。

写真1「心臓ピクニック」
写真1 「心臓ピクニック」

聴診器を胸に当てると、四角い箱が心臓の鼓動に合わせて振動し、まるで手のひらに心臓が乗っているような感覚が得られる。

写真2「触覚共有ボール」
写真2 「触覚共有ボール」

チューブでつながった柔らかいボールを握ると、反対側のボールが膨らむ。握る強さや速度で感情を伝えることができる。

パラアスリート田中章仁選手が登場
STEP3と4で学びが深化する

ワークショップ2日目には、STEP 3の特別な他者として視覚障がい者5人制サッカーの田中章仁選手をゲストに迎えました。田中選手はNTTクラルティに勤務しながら、視覚障がい者5人制サッカーのクラブチームに所属。普段は会う機会がないアスリートの登場に、子どもたちは目を輝かせていました。

ワークショップ前半は、主に田中選手による講演でした。視覚障がい者5人制サッカーという競技の説明や、普段の生活の中でのバリアフリーの重要性についての話をしました。講演中は田中選手と子どもたちの前に、それぞれ「触覚共有テーブル」が設置されました。話に共感したり驚いたりしたとき、子どもたちはリアクションとしてテーブルをたたきます。すると、うなずきやあいづちが見えない田中選手も、手から子どもたちの反応がリアルタイムに感じられます(写真3)。

さらに「心臓ピクニック」を使って、田中選手の鼓動を感じるという体験も行われました。子どもたちは触覚で積極的にコミュニケーションを取っていきました。

後半は、子どもたちがアイマスクを付けて、声を頼りに体を動かす「目かくし方向指示ゲーム」です。「右」「左」と声だけをヒントに方向を変えます。「目かくしストレッチ」では、田中選手が行うストレッチの動きを一人の子どもが声で説明し、アイマスクを付けた別の子どもが説明を頼りに同じポーズをとります。向いている方向が全然違ったり、声を頼りに動いたら全然違う姿勢をしていたりと、子どもたちは体験を通して視覚障がい者の大変さや、どうすると分かりやすく説明できるのかといったことを学びました。

3日目はSTEP 4です。6年生がこれまで経験したことを5年生に伝えます。どうやったらうまく伝わるのか、6年生に事前に考えてもらいました。例えば、説明パネルや動画を準備したり、プレゼンでの役割分担を決めました。前述のように、プレゼンは1回ではなく複数回行われました。すると、繰り返す中で、説明方法を変えたり、役割を変えたりすることが起こりました。子どもたちは、どうすればもっと分かりやすく説明できるのかを自発的に考え始めました。

子どもたちは、4つのSTEPに基づく体験を通して、自身の新しい感覚に気付き、他者や特別な他者と出会い、感じ合いました。そして、誰かに伝えることで理解を深化させました。触覚による体験は、さまざまな人とつながり、共に生きる社会へ向けた実感を伴う学びの場となったのではないでしょうか。

写真3 「触覚共有テーブル」
写真3 「触覚共有テーブル」

写真3「触覚共有テーブル」
一方のテーブルをたたくと、もう一方のテーブルが振動する。振動を使って、さまざまなコミュニケーションができる。パラアスリートである田中章仁選手の話を聞いて、子どもたちがテーブルをたたき、リアクションを返す。

ラボを実現させる
協働のフレームワーク

今回の取り組みには、いくつかのステークホルダーが関わっています(図2)。NTTの研究所では、通信技術で世界をつなぐだけでなく、人と人とのつながりや心の豊かさが感じられる社会の実現に向けた研究に取り組んできました。例えば、誰もが持つ感覚である「触覚」でのコミュニケーションや、心身が良好な状態である「ウェルビーイング」についての研究のほか、視覚障がい者とのスポーツ観戦の取り組みも行われています。また今回は、NTTの特例子会社であるNTTクラルティに所属するパラアスリート田中章仁選手や、同社の方々と協働しました。

横浜市は、オリンピック・パラリンピック教育推進校[※1]に対して、アスリートを派遣したり、パラリンピック競技について学び、体験し、考える場を提供してきました。さらに、オリンピック・パラリンピック教育推進校である小学校では、そのような機会の中で、共生社会についての深い学びの場を子どもたちに与えたいと考えていました。このように、企業、自治体、教育機関が、それぞれの背景や目的を認識し合うことで、今回の協働は実現したと考えられます。
[※1]スポーツ庁委託事業「オリンピック・パラリンピック・ムーブメント全国展開事業」

図2 自治体や教育機関との協働で実現した学習体験
写真3 「触覚共有テーブル」

今回の協働では、NTTと、自治体(横浜市)や教育機関(横浜市の小学校)の関係者が、それぞれの背景や目的をお互いに認識しあうことの重要性が再認識された。


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