DAOと市民参加のかたち

関わる人が“よい”と思える合意形成のあり方とは

地域での政策や取り組みに市民が参加する方法はいくつかありますが、結果が伴い、かつ参加者が当事者意識を持つための理想的な方法は何でしょうか。現在注目されているITを利用した参加方法について、合意形成プロセスの研究に携わる横山実紀氏に話を聞きました。

横山実紀

横山実紀
MIKI YOKOYAMA

日本電信電話株式会社 社会情報研究所Well-being研究プロジェクト。2022年、北海道大学大学院 文学院人間科学専攻博士課程修了。同年現所属に入所。社会心理学の観点から、社会課題における合意形成プロセスの研究に従事。

理想的な市民参加とは?

社会課題や地域活性化に関する政策や取り組みに“自分が関わっている”と思うことは、どれくらいあるでしょうか?日本のような代表制民主主義社会では、代表者選出に際して投票という形で関わることはありますが、自分が政策や取り組みに関わっていると思うことはあまりないかもしれません。では、市民が参画する機会はほかにないのでしょうか?

例えば、民意を政策などに反映させる方法の一つとして、市民参加があります。単純多数決で決めるのではなく、一部の権力者だけで決めるのでもなく、一般市民の議論を経て決めることが望ましいと考える熟議民主主義が背景にあります。特に、正しい答えのない価値の対立を含む問題では、市民の議論による意見形成が求められます。さらにその議論では、自分と異なる価値を重視する意見に対し、お互いに傾聴しながら建設的に議論することが理想とも、熟議民主主義といった政治哲学で述べられています。

では、この理想的なあり方は、実社会でどう実現すればいいのでしょうか。その試みの1つとして、ミニ・パブリックスがあります(図1)。ミニ・パブリックスとは、無作為に抽出された比較的少人数の市民による熟議のためのフォーラムの総称で、デンマーク由来のコンセンサス会議、ドイツ由来のプランニング・セルなどが挙げられます。日本では、主に2005年以降に、海外の形式を参考に市民討議会などの形で行われています。市民は専門家ではない一般市民の観点から評価・鑑定を行い、最終決定に対して、市民の多元的な価値を含むことが求められます。ただし、それが唯一の最終決定を行使する場ではありません。例えば、2つの異なる形態の会議を組み合わせるハイブリッド型会議があります。これは、利害の当事者や当該の問題に強い関心を持つ人々が重要な論点を十分に議論して洗い出す会議を行い、その後、それを元に無作為に抽出された市民が評価を行います。

ミニ・パブリックスは市民参加の代表的な一形態で、ほかにも市民ワークショップ、タウンミーティングなどがあります。重要な点は、どの主体が何を目的として参画し、その会議が合意形成全体の中にどう位置付けられるかです。また、このような場は、一度だけではなく段階的に繰り返し行うことが効果的とも言われています。そのため、持続的な市民の関わりを含む合意形成全体のデザインが必要です。

[図1]ミニ・パブリックスでの意思決定の一例

[図1] ミニ・パブリックスの一つであるハイブリッド型会議では、関係者などが重要な論点を議論して洗い出す会議を行った後、無作為に選ばれた市民が評価を行う。

市民参加で評価される“よさ”とは何か?

市民参加はただ行えばいいというものではありません。参加者も参加していない市民も、その場やそこで形成されたものを「よいものだ」と評価できることが重要です。その評価指標として、例えば、次のようなものが挙げられます。

【客観的指標】

話し合いの場の第三者が評価

  • 相手を尊重しているか
    ( 対立する意見への傾聴、発話を遮っていないかなど)
  • 主張の理由が明確に述べられているか
  • 社会的な望ましさの観点に言及されているか ――など

【主観的指標】

参加者、および参加しなかったが関係する市民が評価

  • 情報が適切に公開・提供されているか(透明性の高さ)
  • 参加した人が当該問題にかかわる人々を代表する人か
  • 意見が適切に反映されているか
  • 少数の意見が尊重されているか ――など

“よさ”の評価に関係するのはこれだけではありません。そこで形成された意見を受けて行われる取り組みが、社会全体にとってよいものか、さまざまな立場が考慮されたバランスの取れたものかといった、結果の評価も関係します。さらに、嫌だと感じる負の感情や、携わる人への信頼といった要因も関係します。ほかにも、市民参加の場づくりとして、賛成/反対の二項対立にしないことや、建設的に議論できる場となるよう進行役をするファシリテーターの役割も重要です。

理念として“よい”とされる場を実社会に生きる人々が主観的によいと思えること、そして、主観的に“よい”と思える場をデザインすることの両方を考える必要があります。それには、実社会におけるデザインと、理論的な研究の接続が重要になります。

オンラインでの市民参加で注目されているDAO

市民参加の場は、オンライン上にも展開しつつあります。Web会議ツールを用いた対話形式や、テキストベースでの投稿を基としたタウンミーティングなど、場所や時間に縛られない参加形式が検討されています。

一方、別の文脈では、インターネット上の新たな潮流として、DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)が注目されています。DAOは、興味・関心のある人なら誰でも自由に参加できるオンライン上のコミュニティです。誰もが当事者意識を持って平等に関わることが可能で、透明で公平な、非中央集権的な集団のあり方として注目されています。そこでの意思決定は、主に参加者全員が投票するかたちで行われます(図2)。つまり、市民や利害関係者、代表者といった枠組みを外し、等しく投票で決めようという取り組みと言えます。DAOの形態は、趣味のコミュニティや創作活動を目的としたものなど多様ですが、昨今では地域課題解決や職場の組織運営に応用する動きも見られます。

では、DAOは、今ある組織のあり方や、これまでの熟議民主主義に基づいた市民参加に取って代わるものかと言われると、それは違うのではないかと思います。オンライン上で興味のある誰もが、やりたいことやできることを持ち寄って、主体的に関われるという形態は魅力的に見えます。しかし、ある課題に対して非常に幅広い人々から平等に意見を募って推進するDAOのやり方が、あらゆる課題に適しているかは分からないからです。

一方で、関係する主体が集まって熟議を行い、市民意見を形成して政策に反映するという方法もまた、すべての課題に適した方法というわけでもないでしょう。それぞれに異なる利点や意義があるからこそ、それらの方法は互いに共存しうる可能性を秘めています。

どのようなあり方にも共通して重要なことは、その場が全体の中でどのような位置付けなのか、また、参加者や関係する人々の間で目的や目標が共有されているかということです。

DAOやオンライン市民参加は、今後も盛んに行われると思われます。オンライン上でのやり取りは、場所や時間に縛られません。例えば、地域課題について関わりたい、当該地域に思い入れがあるという人ならその地域に住んでいなくても関われることから、地域の活性化につながる可能性もあります。その一方で、地域に住まない人が地域について意見を述べることに住民が疑問を抱く場面もあるかもしれません。「誰が関わるべきか」という正当性の問題もまた、合意形成のあり方を評価する一つの要素です。

今後、地域社会における市民の参画を考える際、既存方法とどのように共存すれば、地域社会にとっても、地域に住む人々にとっても、オンラインで関わる人々にとってもよいあり方となるのか、模索していく必要があるでしょう。

[図2]DAOでの意思決定の一例

[図2] DAO(分散型自律組織)は運用する組織などによってさまざまな形態があるが、意思決定などの場面で、従来の中央集権やトップダウンの仕組みではなく、誰でも直接参加することが可能となっている。


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