食の感動を追体験する
「感性タグ」システム

食の体験を知ることが作り手の表現を刺激する

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食の体験をアーカイブするというテーマのもと、『門上武司のおいしいコラム』に掲載された3000件以上の食体験のテキストデータから、「感性タグ」というシステムが開発されました。中心となった3人の食のエキスパートが集まり、システムを操作しながらその可能性について意見を交わしました。制作側でありながら、そこから得られるインスピレーションに思わず夢中になってしまう場面も見られました。

和田有史

和田有史
Yuji Wada

立命館大学食マネジメント学部教授。博士(心理学)。農業・食品産業技術総合研究機構上級研究員などを経て現職。“食”を中心に人の認知メカニズムの解明と応用技術の開発をめざす。

高岡哲郎

高岡哲郎
Tetsuro Takaoka

株式会社人形町今半代表取締役副社長。1985年人形町今半入社後、仕入れ、和食調理、精肉調理などを経て、観光旅館日光東観荘へ出向。その後、米国コーネル大学PDPプログラムへの留学、英国留学。2001年より現職。

門上武司

門上武司
Takeshi Kadokami

関西の食雑誌『あまから手帖』 編集顧問。全日本・食学会副理事長。年間外食1000食。外食を通じて出会う人々、料理人、生産者、加工業者、流通、そして食べ手などをつなぐ。ブログ「門上武司のおいしいコラム」を執筆。

食のエキスパートが集まり
食体験のアーカイブシステムを具現化

和田:全日本・食学会、NTT、そして立命館大学の三者によって、「感性タグ」という新しい食体験のアーカイブシステムが開発されました。この開発のきっかけとなったのが、高岡さんからの料理人の会話に関するエピソードでした。

高岡:そうですね。私は料理人の方たちと話をすることが多いのですが、彼らは「あの料理を食べたことある?」と自分たちの食経験を語り合ったり、「こういう味わいがお客様に喜ばれるのでは」といった会話を常にしています。そんな会話の中で、自分が次に作り出す新たな食体験はどのようなものがいいのか気付くのですが、会話がなくても、それが実現されるといいなと思いました。それはある意味、過去の料理の食体験を追体験するものだし、そもそもおいしさは人の心の中に芽生えるものなので、食べた人の心にどんなものが生まれたのかがわかったら、料理人の感性を刺激するアーカイブができるのではと考えました。

和田:アーカイブを作る上では、食の体験に関するテキストを集めることが重要になります。ただ、食に関するテキストはSNSを含めそれなりに集めることができるのですが、客観性や信頼性の点で心許ない。そこで、食学会の副理事長でもある門上さんに声かけをさせていただきました。

門上:私は関西で『あまから手帖』という食雑誌の編集顧問をしているのですが、『門上武司のおいしいコラム』というブログを2005年から続けています(図1)。食のコラムにはいろいろなものがありますが、私は基本的に、淡々とその味わいが伝わるような簡潔なスタイルでテキストを書いて写真に添えています。

和田:門上さんのコラムは、同じ人が同じフォーマットで書いたものが1000件単位であるので、アーカイブのデータとしてこれ以上のものはないと思いますね。システムを作る際には、門上さんが食体験について書かれているテキストから、形容詞とオノマトペ(擬音語・擬態語の総称)を抽出しました。これらを「感性タグ」と呼んでいます。ちなみにテキストの処理には、京都大学とNTTが共同研究ユニットプロジェクトを通じて開発したオープンソース形態素解析エンジン「MeCab」を使用しました。

登場する食材の登場回数をデータベース化

[図1] 全日本・食学会副理事長を務める門上武司氏のブログ。日々の外食の体験が写真とコメントでシンプルにまとめられている。3000件以上の記事が登録されており、食体験のテキストのアーカイブデータとして「感性タグ」に使用されている。
「門上武司のおいしいコラム」https://www.geode.co.jp/column/kadokami/

「感性タグ」で迫る食の体験と
Keywords Cloudがかき立てる想像力

和田:では、開発したシステムを見てもらいましょう(図2)。現在、3133件の登録があります。門上さんのコラムそれぞれのURL と、日時、店名、地域、料理カテゴリー、コラムに含まれる感性タグの数などが表示されています。これらは、検索で数を絞ることができます。ちなみに、門上さんのすべてのコラムで最も多く使われた感性タグは「しっかり」で、その次が「旨い」でした。

「感性タグ」システム

「感性タグ」システム

[図2] 画面では、表示情報を選択したり抽出条件を設定できる。また、抽出された結果はキーワードで表示されるほか、感性タグを視覚化した「Keywords Cloud」で表示したり、情報の位置を都道府県別に地図形式で表すこともできる。このシステムから、基となった門上氏のコラムの記事に移動することも可能。なお、開発など技術面は、株式会社Eyes, JAPANが担当している。


門上:「しっかり」は、たぶん、料理を作る人の意思や思想が伝わってくる、入ってくる、そんな印象を表す表現なのだと思います。

高岡:「しっかり」と「旨い」はある意味、門上さんの信頼の証ですね。

和田:なるほど。門上さんにとって料理店に行くというのは、食事を味わうだけでなく、料理人の思いもしっかり受け止めるということなのですね。高岡さん、検索してみたいキーワードはありますか?

高岡:では、「しゃきしゃき」というオノマトペで検索してみたいです。京都のお店でいかがでしょうか。

和田:はい。京都では9件出てきました。ここからコラムに移動して内容を確認することもできます。どうやら、このお店での「しゃきしゃき」は鴨料理の付け合わせのレンコンについての表現のようです。

門上:鴨肉の「しっとり」とレンコンの「しゃきしゃき」で対比効果が生まれて、料理がよりおいしく感じることがあるので、おそらくこう書いたんですね。

高岡:料理人側の感覚でいくと、鴨の「まったり」とか「もっちり」したものに、「しゃきしゃき」って合うのかなと思うし、こういう感覚があるんだなと、新しいレシピに挑戦したくなるかもしれませんね。あと、われわれは門上さんのコメントを聞かずにコラムを読むわけですが、そこでは前菜からの流れが見られるんです。なぜここで「しゃきしゃき」なのか、想像力が広がりますし、新しい献立作りへの気付きがあります。

和田:食べた料理がその順番のまま一番印象に残っているテキストで書かれているのは、とても興味深いところだと思います。ほかに何か確認したい料理店はありますか?

門上:最近よく訪れる静岡の天ぷら料理店、「成生(なるせ)」が見たいですね(図3)。

和田:わかりました。今度はKeywords Cloudという機能を使ってみましょう。コラムで使用されている感性タグがグラフィカルに表示されます。「さっぱり」「香ばしい」「ねっとり」といったタグが大きく表示されていますね。これだけ見ると天ぷらのお店っぽくないですね(笑)。

門上:「ふんわり」とか「香ばしい」というのはわかりますが、「さっぱり」というのは、油の切れとか技術的なことに関しての表現なのかなと思います。

高岡:これを事前情報なしで「ある天ぷら屋さんです」とだけ言われて見たら、すごく興味がわきますね。門上さんがたくさん行っていて、一番興味深かった店の天ぷらの体験がこれで、「香ばしい」は衣かな、「さっぱり」は油なのか、「ねっとり」は食材で、「ふんわり」はつみれかな? というふうに、非常に想像力をかき立てられるので、近くにあったら絶対行きたくなりますね。

門上:確かにKeywords Cloud で見ると、想像力をかき立てられて非常に面白いです。

高岡:これは食事をした人の思いや体験が絵になっているわけで、料理を提供する側にとっては、こんな店を作りたい、あるいはこんな体験をするディナーを作ろうといった設計図になりますね。

静岡の天ぷら料理店「成生」
静岡の天ぷら料理店「成生」
静岡の天ぷら料理店「成生」

[図3] 静岡の天ぷら料理店「成生」を感性タグで見ると、「さっぱり」「香ばしい」「ねっとり」といった言葉が多く出てくる。天ぷら店のレポートらしくない言葉もあり、Keywords Cloudで見ると、どんな食体験なのか想像力がかき立てられる。

所作の重要性に気付く
コーヒー専門店での感性タグ

和田:門上さんのコラムにはバーとか喫茶店に関するものもありますよね。印象深いお店はありますか?

門上:福岡のコーヒー専門店「手音(てのん)」かな(図4)。

高岡:この店のKeywords Cloudも面白い。「苦い」が入ってないですね。「すっきり」はわかりますが、「わくわく」とか「ぐっすり」といった言葉もあって、コラムが読みたくなりますね。

門上:ここでは所作に関する言葉も多く入っていますね。手音は、独特なアイスコーヒーの作り方をするんです。コーヒーをシェーカーに入れ、それを振るのではなく氷の上で高速回転させるんです。するとコーヒーが薄まらずにすごい速さで冷えていく。このスタイルは日本でも数軒しかやっていません。

高岡:すごいこだわりですね。こういうものを見ると、コーヒー専門店の価値を高めるには所作がとても大事なのかなとか、「苦味」や「すっきり」に直結する所作に気が付けて、相当価値がありますよね。

和田:感性タグを使うと、食文化に関するいろいろな気付きが得られそうです。コロナ禍ということで外食の機会が減っている昨今ですが、そういうときにこそ、こうしたアーカイブで、素敵なお店に巡り会いたいものですね。

高岡:料理を提供する側としても、いろいろと刺激を受ける素晴らしいシステムです。データを提供していただいた門上さんにも感謝です。

門上:料理の進化や豊かな食文化の発展のためになるのであれば、非常にうれしいですね。ただ、これだけつまびらかにされると、自分の嗜好が公開されているような感じもして、少々怖くもあります(笑)。

福岡のカフェ「手音」
福岡のカフェ「手音」
福岡のカフェ「手音」

[図4] 福岡のカフェ「手音」をKeywords Cloud で見ると、「すっきり」「ゆっくり」「大きい」という言葉が目立つ。コーヒーを淹れる所作に特徴のあるお店ということで、味わい以外の言葉も多く使われている。『門上武司のおいしいコラム』では、その独特の所作を動画でも紹介している。


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