関わりの証明としてのNFT
(Non-Fungible Token)

所有やつながり方を変える新しい基盤技術

近年注目されるようになった「NFT(非代替性トークン)」は、デジタルの世界に「オリジナル」や「所有」の概念を持ち込みました。この技術は、人々の価値観や社会的関係性にどのような影響を及ぼすでしょうか。NTT 社会情報研究所の大橋盛徳さんにお話をうかがいました。

大橋 盛徳

大橋 盛徳
Shigenori Ohashi

日本電信電話株式会社 社会情報研究所 Well-being研究プロジェクト。2009年、東北大学大学院 理学研究科天文学専攻修士課程修了。同年NTTサイバーソリューション研究所入所。現在、NTT社会情報研究所主任研究員。分散型のデータ流通基盤や社会関係資本の研究に従事。

関わりを記録するブロックチェーン

—大橋さんの研究内容について教えてください。

大橋:社会関係資本のデジタル化に関する研究を行っています。社会関係資本とは、人と人の信頼関係や、持ちつ持たれつなどの言葉で表現される互酬性の規範といった、人々の社会的なネットワークを指す言葉で、「ソーシャルキャピタル(Social Capital)」とも呼ばれます。私自身は、各個人が自身のソーシャルキャピタルを蓄積・可視化し、自身の裁量で活用できるように、ブロックチェーンをはじめとする基盤技術の研究をしてきました。

—ソーシャルキャピタルとブロックチェーンの関係は?

大橋:ブロックチェーンというのは権限分散型の台帳技術で、集中管理するコンピュータが必要となる中央集権型のシステムとは設計思想が異なります。また、書き込まれた情報を改ざんすることが困難で、その履歴を正しく蓄積できるという特性があります。一方で、ブロックチェーン自体は大きなデータを格納することには適していないため、私はブロックチェーンと分散型ストレージを連携する技術の開発をしていました。ソーシャルキャピタルをデジタル化するにあたっては、関与する全員の情報が正しく記録・活用される必要があります。そのためにブロックチェーン技術が必要だったということです。

所有やつながりの価値を支えるNFT

—近年、ブロックチェーン技術を用いたNFT(Non-Fungible Token)が話題ですが、これはどのような仕組みなのですか?

大橋:NFTはそのまま訳すと「非代替性トークン」という意味です(図1)。まず「トークン」とは何かですが、この言葉自体に厳密な定義はなく、ブロックチェーン上でやり取りされる“ 何らかのデジタルデータ” を指すと思ってください。このトークンがファンジブル(代替可能)であるものの一例がビットコインなどの暗号資産です。ある人の台帳に記録された数値と別の人の台帳に記録された数値が交換可能であると考えるため、資産の移動をその数値の移動で表現できます。その点では銀行の通帳と同じですね。一方、NFTはノンファンジブル(代替不可能)、つまり交換できない唯一無二のモノを対象とすることが最大の特徴です。台帳には、あるモノが誰のモノであるかの履歴が記録されます。つまり、あるモノに対して、誰が所有者であったかの履歴や、今の所有者が誰であるかを改ざんされることなく記録し、証明できるということです。

各種トークンの概要

[図1] 各種トークンの概要

[図1] NFTの最大の特徴は、改ざん不可能とされるブロックチェーンにデジタルデータのID/出自/所有権などを刻める点。

—所有を証明できることでどんな価値が生まれますか?

大橋:複製可能なデジタルデータに対して、オリジナルであることを証明したり、「一品モノ」として所有することができるようになりました。また、その権利が売買され、経済的な流通の可能性が示されました。例えば、2021年3月にTwitter社のCEOを務めるジャック・ドーシー氏が初ツイートをNFTのオークションに出品したところ、3億円を超える額で落札されました(図2)。このような大きな商取引きがなされたことなどが、近年のNFTブームのきっかけです。

デジタルデータであるジャック・ドーシー氏の初ツイートがブロックチェーン上に記録され、その所有権が一品モノとして売りに出されたわけですが、この場合、ツイートがTwitter社のCEOによって行われたという文脈の価値や、それが将来より高い額で転売できるかもしれないという投資としての価値などから、3億円を超える価格がついたというわけです。ただし、NFTがニュースで取り上げられるのはこのような高額の取り引きが中心で、その影響か、現在はややバブルの傾向があるのは否めません。

[図2] Twitterにおける最初のツイート

[図2] Twitterにおける最初のツイート(ジャック・ドーシー氏による)の販売画面。NFT化したことで高額で取り引きされ、話題となった。

—NFTはほかにどのような分野で利用可能でしょうか?

大橋:NFTを大まかに分類すると、デジタル空間だけで完結するものと、リアルな実体と結びつけられたものがあります(図3)。デジタルで完結するものとしては、デジタルアートやオンラインゲームのアイテムなどが考えられます。ただし、NFTは所有権を証明するものであって、アイテムなどの管理システムは別に必要です。また、リアルな絵画や土地など実体が存在するものでも、作品の鑑定書や土地の権利書をデジタル化してNFTにすることができます。例えば、日本国内では土地の権利を証明する仕組みがよく整っていますが、まだそうした制度が整っていない国では、土地や建物の管理にNFTが使える可能性があります。

NFTの概要

[図3] NFTの概要

[図3] NFTはブロックチェーンを基盤としている。ブロックチェーン上でやり取りできるトークンのうち、代替できないトークン全般を指す。デジタルの世界で完結するか、リアルの物体と結びつくか、といった分類も可能だ。

—NFT だからこそ生まれた価値とは何でしょうか?

大橋:NFTはトークンが誰の手を渡ってきたのかの履歴が残るので、かつて有名人が所有していたデータであれば価値が見出される可能性は高いです。つまり、データそのものだけでなく、流通することでデータに付随した履歴やストーリーに価値が蓄積されていく側面があるのです。

また、履歴証明を付加できることには別の価値の可能性も感じています。いろいろな人を経由してきていることが分かり、それによりデータやモノを通して「ほかの人や社会とつながっている」ということを感じるきっかけになるかもしれないということです。普段の生活で、周辺にあるモノを通して人や社会とのつながりを感じるのは難しいですが、履歴が見えれば、身の回りのモノが単なるモノではなくなる可能性があると思います。すると、新品ではなく中古品に対してプレミアが発生するということもありえます。例えば、古本や電子書籍のデータでも、著名な作家が所有していた履歴があれば価値が高まる可能性があり、多くの人の履歴があれば、社会とのつながりを感じたり、共感なども生まれそうです。

—つながりということでは、スポーツチームでもファンに向けたトークンを導入する動きがありますね。

大橋:そうですね。クラブ独自のトークンを発行して、購入者はそれを持つことでチームへの応援やファンとしての参加意識を持つことになるのだと思います。特別な試合を観戦した人だけにNFTを発行する特典なども考えられるでしょう。いずれにしても、今後はつながりの記録自体が新たな価値の源泉になり得るかもしれません。

これからのNFTの使われ方

—これまでNFTのビジネス的な面ばかり注目されてきましたが、人々の価値観にも変化をもたらしそうですね。

大橋:私自身も、ここまで述べてきたように、所有の概念の拡張や変容についても関心があります。ただ、現在は法制度が追いついてない部分も多く、メリットだけでなくさまざまな問題が表面化してくることが予想されます。例えば、著作権のように移転できないものをNFTではどう取り扱っていくのかという議論も起こってくるでしょう。NFT市場が今後成長するかどうかも未知数な部分があると言えます。

—NFTの将来についてはどのようにお考えですか?

大橋:NFTはイーサリアムというブロックチェーン上で規格化が進んでいますが、その上で動作するプログラムを独自に加えられる点が技術的には重要です(図4)。ここに権利の利用許諾や利益の分配といった機能を盛り込めるからです。いろいろな利用法が登場することで、何を価値とみなすかという人々の意識も徐々に変わっていくかもしれません。

NFT自体は、まだ社会での運用が始まったばかりで黎明期です。ただし、その基盤となっているブロックチェーン技術は運用実績もあり、一定の信頼が置けるものとなっています。NFTに関する話題は、今はどうしても高額なデジタルアートなどが多い状況ですが、データが本物であることを証明する機能は、例えばオンラインでのチケット発行などとも相性がいいはずです。今課題となっているのは処理性能やセキュリティなどで、これらを解消して大量のデータを処理できるようになれば、より一般的な技術として生活の中に浸透していくと考えています。

NFTの特性

[図4] NFTの特性

[図4] NFTの代表的なものは「ERC721 」というイーサリアムで登場した規格。NFTのオーナーが誰であり、その所有を誰に移転するのかという関数へ要求が送られる。また、条件が満たされると実行できる独自関数を作成できるため、柔軟性が高く、利用許諾や権利者への利益分配などの機能を付与できる。


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