大牟田であらためて感じたウェルビーイングの価値
日本におけるウェルビーイングの研究を進めているドミニク・チェン氏。ウェルビーイングは、近い将来の日本を検討する上でも重要なキーワードだ。「未来都市 おおむた」には、そのための大きなヒントがあったという。
Dominick Chen
Dominick Chen
博士(学際情報学)。早稲田大学文学学術院・准教授。デジタル・ウェルビーイングの観点から、人間社会とテクノロジーのより良い関係性の在り方を研究。

ウェルビーイングとはなにか?

ドミニク:現在私は、情報技術との関わりの中で日本的なウェルビーイングを促進するプロジェクトを進めています。椎原さんの話にも出てきたウェルビーイングという言葉ですが、まだ聞き慣れない方も多いと思います。最近はテクノロジーとの関係で語られることも多いですね。

—ウェルビーイングは世界保健機関(WHO)による健康の定義にも使われている言葉だ。

ドミニク:WHOでは「健康とは何か。それはフィジカル、メンタル、ソーシャルのウェルビーイングだ」と説明されています。身体だけでなく、精神的や、社会的な3つのウェルビーイングがそろって初めて健康だというわけです。これまで社会科学などではハピネスという言葉が使われてきましたが、人によって定義が異なるので、きちんと議論できていなかったんです。ウェルビーイングの研究においては、人が“ いい状態” であるのはどんな状態なのか、どのような要素に分かれるのかいったん分解し、それぞれを評価するということを行っています。

注目を集めている理由と大牟田で感じたこと

—なぜ今、ウェルビーイングが注目されているのか?

ドミニク:産業が発展しテクノロジーも進化した現代、生活はよくなってきていると思われています。ある調査によると、実際、この半世紀の間で日本のGDPはどんどん上がっています。ところが、人々の人生充実度はずっと横ばいなんです。つまり、社会は豊かになっているのに人々の精神は豊かになっていないのです。経済や科学技術を進歩させるだけでは、何かが足りなさそうだと。そこで、ウェルビーイングという価値が注目を集めているわけです。

—ここで、日本の大学生を対象にとったウェルビーイングについてのアンケート結果が紹介された。

ドミニク:「あなたにとってのウェルビーイングを構成する3つの要因は何ですか?」と聞き、回答を3つのカテゴリに分類しました。まずは「私」というカテゴリ。自分が健康だとか、自律的に行動しているだとかですね。次は「私たち」。親友がいることや、思いやりを感じることなどが含まれます。最後に「世界」。平和とか社会的な意義などです。結果は、半数以上の人が3つのうち1 つ以上「私たち」カテゴリを挙げていて、学生でも他者との関わりを大事にしていて、希望が持てると私は思いました。

—ドミニク氏はまた、今回訪れた大牟田での体験に大きな感銘を受けたという。

ドミニク:昨日、動物園で椎原さんの説明を聞きました。人間と動物という他者が異なる世界に生きているということを尊重している点が印象的でした。大谷さんにもお話を伺ったのですが、「おじいちゃんは冒険家だ」という話に感動しました。徘徊から戻った祖父が、ひと言「楽しかったよ」と話し、その言葉に子供が冒険家だと反応したそうです。認知症をダメなことだと決めつけるのではなく、本人がいい体験をしたことにフォーカスしている。こうした「当事者の自律性」を起点にして社会を設計するアプローチは、ウェルビーイングの研究にも深くつながっていて、すごく大きなヒントになると感じました。

ウェルビーイングについてのアンケート結果は、冊子『ウェルビーイングな暮らしのためのワークショップマニュアル』に掲載されている。https://wellbeing-technology.jp


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