[特集3] 人には聞けない 耳で感じる気配のヒミツ―音が消えることは、物があること?―
私たちは、「気配」をどのように感じているのか?本特集では、その音の認知との関係をコミュニケーション科学研究所人間情報研究部 古川茂人主幹研究員にお聞きしました。

Q. 気配とは何でしょうか?

A. エコーロケーションといいますが、目の見えない方は、舌を鳴らして音の反射で距離を測ったり、音の感覚が物体の存在を知る上で重要な役割を果たしています。人によっては、その反射した素材までわかるといい、これまでメディアが大きく取り上げることもありました。このような目の見えない人の特殊感覚といわないまでも、人間は誰でも、環境を“なんとなく”把握する能力があると思います。

私は、音源定位という、音がどこからきたかを人間がどうやってわかるのか、その認知メカニズムの研究をしていました。ですが、自ら音を発しない物体であっても、人間はその存在を感じているのではないかと考えるようになりました。盲人の例のように、別の音源からの音の反射音によって、反射した物体の存在を知ることがあるでしょう。さらに、ざわざわと環境音が鳴っているところに、あるところだけ音がフッと消えることも、物体の存在を示すかもしれません。環境には、いつも何か音が鳴っていますし、そのものが音を発していなくても、それが音を遮蔽して、音が聞こえなくなることが、人間にとっては物が存在していることを意味しているのだと思います。

たとえば、広い場所の真ん中に、目隠しして人に立ってもらって、あちこちからノイズ音を出します。そして、その人の周りで実際に物体を動かすということをやったことがあります(右上の写真では大きな円盤)。真ん中に立って被験者をやると、そんなにビビッドな感覚ではないのですが、何か物があることは “モワっと” 感じるんです。これは、遠くで空調が鳴ってるくらいの、かなり静かな部屋でやっても感じるんですよね。モワッと。

Q. なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?

A. おもしろい体験をしたことがあります。音をヘッドフォンで聞きながら、ステレオの(マイクが2つ付いた)ビデオカメラで子どもを撮影していたのですが、ビデオカメラを間違えて横に置くと、収録した音を聞いたとき耳がモワっとするんですよ。カメラを横に置くと、片方のマイクに音が入らなくなるんですね。普段、両耳に入ってくる音のレベルってすごく近い値をとるんですよ。それが、左右の耳に極端な差ができたときに、音が入らない方向にモワっと感じたのです。片方の耳だけ聞こえないということが、何かの気配の原因になっているような。一方、人の声を片方の耳だけレベルを上げて聞くと、耳元でささやかれるって感じが強くなります。もちろん、音自体がささやき声っぽいからそう感じるということもありますが、左右の耳のレベルの差が重要な役割を担っていると考えられます。

1mより遠い音源については、左右の耳に届く音のレベルにはあまり差がなく、あまり距離感を感じにくいのですが、1mより近くなってくると、特に横からくる音については左右の耳にレベルの差が極端に生じて、距離を感じられるようになります。この場合は、ノイズの中で片方の耳だけ聞こえないから近くに何かがあるとか、片方の耳しか声が聞こえないから人が近くでささやいたとか、解釈されるんでしょうね。

昔は、音の情報自体がどういう風に、どれだけの精度で、脳内で伝達されているかということを研究テーマにしていたんですけど、感覚の情報量だけだったら、脳の処理が進むにつれてどんどん劣化していくじゃないですか。でも私たちは、物の存在とか質的なものを感じているわけで、いま私は、脳がどうやってそういうものを作り出しているのか、そのメカニズムを理解したいと思っています。それで、気配というのはそれを調べるためのひとつの糸口なんじゃないかなと思います。



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