歌舞伎に宿る身体性の記憶
岡崎 哲也
岡崎 哲也

松竹株式会社 常務取締役
1984年松竹株式会社入社、現在、常務取締役、株式会社歌舞伎座非常勤取締役を兼務。長年、歌舞伎の製作に携わり、また1987年の旧ソビエトを皮切りに、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ、韓国、イギリス、モナコ、中国の各歌舞伎海外公演の事務局を務める。川崎哲男の筆名で、歌舞伎、舞踊の脚本を執筆、第43回大谷竹次郎賞受賞。

ヨーロッパの伝統芸能が「文字の伝承」であるのに対し、日本の古典芸能は「身体性の伝承」であると言われます。そこで、今回は長く歌舞伎の世界に身を置いてきた岡崎哲也さんに、歌舞伎における身体性とテクノロジーについてお話を伺いました。

“語る”芸術と、伝承

—まず、古典芸能における伝承についてお聞かせください。

岡崎: 我が国の古典芸能の中には、“語る”という芸術が根強く存在します。さかのぼれば12世紀末ごろの『平家物語』に始まり、戦国乱世の1400年代半ばごろには、いろいろな語り物がすでに存在していたと言われています。

  歌舞伎は、1603年に京都で出雲の阿国という女性が踊ったのが始まりと言われています。1590年代の末には阿国はすでに京都にいて、公家や諸家のお屋敷で、何かパフォーマンスをしていたらしいです。当時は三味線がないので、鼓/笛/太鼓/鐘など、能楽や民俗芸能で使われるさまざまな楽器を使ってパフォーマンスをしていたものが、歌舞伎の原初形態です。

  歌舞伎などの日本の舞踊や音曲は、基本的にはすべて、肉体による口頭伝承です。つまり、先生がいて習う人がいるわけです。ある者は先生が親御さんだったり、祖父さまだったり、つまり家系上の先輩です。また、ある者は血縁ではなくて、ある先輩から習う~お弟子さんになるという場合もあります。常に教える人と習う人がいて、これは数式とか楽譜とかそういうものでは伝えられない、いわゆるマンツーマンで、振りやことばが伝承されていきます。

  例えば振りは、もちろん先生がいますが、どうやって覚えるかというと、目で見て覚えるしかないんです。目で見て脳に記憶させて、そして自分がそれをなぞってみると。ちょっとした角度や形、テンポ、それらが支配する空気感……これを見よう見まねで覚えて、やがてその方が先生になって、同じように後輩の身体に伝えるわけです。


稽古よりも前に伝承される、身体の記憶

—具体的には、どのようにして伝承されていくのでしょうか?

岡崎: 歌舞伎や古典芸能というものは、「家」によって伝えられてきました。その家に生まれた方は、3歳や4歳から、自分の父や祖父、あるいは、アーティストとしては人前で踊らないけど、同程度の技量を有している母や祖母からプライベートレッスンを受けるわけです。

  3歳から外国語を習えば、脳が外国語を自然に吸収します。日本語圏で生活している場合は日本語が、英語圏で生活している場合は英語が、自然にしゃべれるようになるはずですよね。歌舞伎などの古典芸能も、それと同じ考えです。稽古事は6歳の6月6日から始めるといいと言いますが、そういう家系に生まれた方というのは、6歳の6月6日以前に、毎日の生活の中で、そういう身体表現の基礎や空気感を学んでいるわけです。こうした肉体による継承が、日本の古典芸能の基本なんです。


集合知としての型

—歌舞伎には「型」というものがありますが?

岡崎: 歌舞伎はそのように伝わっていくものですが、歌舞伎にも一応「戯曲」と呼ばれる台本があります。

  例えば、ある作品の初演の時は脚本家、主演俳優などが集まって作るのだけれど、成功すれば、再演以降はある決まった演技や音楽のフォルムができている。衣裳にもひとつの決まったフォルムがあり、この役は赤の衣裳、この役は青の衣裳を着ると、そういう決まり事があります。

  こうした歌舞伎の演技の決まり事を「型」と呼びます。歌舞伎は少なくともまず、「型」をもって伝承するということが基本です。

  しかし、これはある日突然できるようになるものではありません。子供のとき、あるいは入門したときから、あるレパートリー/ある演目のある役は、どういう演技をするかということを飽きるほど見て、それを眼(まなこ)に焼き付けるのです。

  当然、脳の中にも記憶として残ると思いますが、そういう見て覚える経験をした上で、技芸がある域に達すると、プロデューサー……いわゆる興行する側から初めて「(その役)をやってみたらいかがですか」言われるようになります。

  そのとき、初めて演じるので初役と言いますが、最も自分が習うべきだと思う人のところへ、あらためて両手をついて礼を尽くして、「この度こういう役をさせていただくことになりましたので、ご指導のほどお願いします」と言って習いに行くわけです。

  基本的には人払いをして、教える人と習う人が、密室の障子の向こうに一対一で稽古を行うようなことが、今でもあります。あるいは伴奏音楽が必要な場合は、ミュージシャンだけを最小限呼んで、横で伴奏する、言わば伴奏のバンドさんに弾いてもらいながら、師匠がやってみせて、習うほうもやってみせる。通してやったり、止められたり、また先生がもう一度やってみせたりして、何度も「あそこがダメだ、ここがよい、ここが特にダメだ、ここはもっと考えなさい」という指示が飛びます。もっと出来の悪いときには何も言ってくれない。「お話にならないね……」というわけですね。もういっぺんよく稽古し直してきなさいとね。……肉体から肉体への伝承が行われるというのは、程度の差こそあれ、今でもそういうことなのです。

  ですから、脳が記憶し、また眼に焼き付き、当然、ある意味で刺激という点ではハートにも刺さり、そういう感情がある人間が、先輩のすること見て覚え、それを真似する、なぞる……そんなキャッチボールの繰り返しで、伝承されていくのが、「型」というものです。二度目から、あるいはこなれてきて、初めて自分のアイデアや工夫を加えるようになりますが、初役の時は教わった通りに演じるのが礼儀なのです。


演ずる者と見る者が空間を作る

—歌舞伎には独特の空間があります。あの空間はどのよう に生み出されているのでしょう?

岡崎: 芝居好きな家庭にあって、5歳くらいから舞台を見ていれば、今演じている方のお祖父さまや、お父さまの演技も見てきているので、初めて演ずるその次の代の演者の演技はどうだろうと、お客さまもそんなふうに物事を見るわけですね。

  お祖父さまの芸、お父さまの芸、御当代の芸、そのまた子息の芸に想いを馳せながら楽しみ、ときには三階席から屋号という掛け声をかける。これは屋号を掛ける「間」で、観客自身が参加をする喜び、そして自分が参加したことで、劇場空間が少し華やかになったりする楽しみを感じる─そのように記憶の伝承というものを、ご自身の体の中に持っている観客というのが、歌舞伎には大勢存在するのです。

  観客が劇場に来ると、そうした言わば大先輩の観客によって、何か無言のうちに、ひとつの空気の世界の中に取り込められていくことがあります。華やかな中にある緊張感みたいなものを感じることもあります。怖いお客様ですね。やはり劇場は裏も表もある種の神秘的な空間があり、ある意味、魔物が棲んでいます。

  あの空間では、意思を持ったお客様がポイントポイントに座っていれば、絶対に空気感が変わるわけで、そこで演者も自然とそういう意識を持って演じることになります。

  伝承された記憶が演者と観客、双方の意識の中にあって、そのフィルターを通して、演ずる者と見る者が常にぶつかっているというのが、わが国の古典芸能の一番おいしいところなんですね。


嘘を真にしてみせる身体性

—身体性と空間で、嘘と真の境界が曖昧になる、という印象があります。

岡崎: 嘘を真にしてみせるのが、歌舞伎を始めとする日本の伝統芸能の一番の魅力だと思っています。それは肉体によって表現される自由な空間の振れ幅があるから、初めて可能なのだと思います。

  例えば、日本舞踊に素踊りというジャンルがあります。素踊りというのは、メイクアップもしない、衣裳も着ない、着物と袴だけで、舞踊を踊るものです。お扇子一本と肉体だけで、すべてのその役を表現しなければならず、いわば「記号の森」だけで表現するわけです。男も女もこしらえもせずに、小道具もカツラもなしで表現するわけです。これなんかは嘘を真にする典型で、どう見たって素顔のおじいさんが動いているのだけど、そのおじいさんが若い女性に見えてくるんですよ。それが観る者を陶酔させるようなことが究極の姿だと思います。


歌舞伎とテクノロジー

—昨年行われたNTTとのラスベガス歌舞伎をはじめ、テクノロジーとのコラボレーションも行われています。テクノロジーについてはどのようにお考えでしょうか?

岡崎: 私は決してテクノロジーを否定するわけではありません。だって宙乗りは江戸時代からあるんですよ。天井に梁を渡して、そこへレールを敷いて、麻を編んで水を入れて強くしたような紐で、木製の滑車に俳優の背中をつないで釣り上げて、花道の上辺りの高さのある空間で人を前後に動かしていたんです。

  当時にしてみたら、最新テクノロジーですよ。電気がないから人力でしたが、それを1700年代には発明しているわけだから、初めて見る人はびっくりしたと思います。天井の横を通るのですが、今と違って電気照明ではなく、ロウソクの薄明かりだったので、仕掛けが見えないんです。よっぽど今より衝撃的だったでしょうね。

  明治時代にも、70歳近い年配の俳優が宙乗りをしている写真が残っています。まあ危ないじゃないですか。それで、スキー場にあるリフトのようなものを劇場に作った人がいるんですよ。大阪の道頓堀にあった浪花座ですが。いわゆるベルトはしているのだけど、一本棒が付いていて、それを握りながら、「それではみなさん、さようならー」と言いながら、スーッと三階席の奥へ去っていくんです(笑)。それを三階の客席から撮影した写真があるんです。

  回り舞台(リボルビング・ステージ)も、歌舞伎の発明なんですよ。それに、1751年に大阪で発明された歌舞伎のオリジナルです。ですから、これからも歌舞伎としてはどんどん新しいテクノロジーを取り入れていくべきだ、と私は考えています。



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