人同士の関わり方を検証し
コミュニケーションを
再考してみる

ソーシャル・ハプティクスに焦点を当てる今シーズン。それは触覚や身体感覚で変容する人同士の関係性の本質を探るものと考えられます。今号では、その基礎となるコミュニケーションについて再考していきます。人は人とどう関わっているのか、それはどういう状態なのか、あらためて検証してみました。

地球に生きる生物は閉じた世界に生きている

人は生物としてのベースの上で、言語を使ったコミュニケーションを行っています。そもそも、生物という視点からコミュニケーションを考えたとき、その本質とは何なのでしょうか?

ミツバチが見ている世界と、人間が見ている世界はまったく異なるという話があります。生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルは、生物は同じ環境にいても、その身体や感覚器官の機能に基づいて、それぞれ特有の「環世界(かんせかい)」を作って生きていると述べました。ミツバチは紫外線に感度があり、その環世界は人間のものとは大きく異なります(図1)。もちろん、人間同士でも視力などの感覚の違いや身体の違いがあり、環境の何に対して価値を置くかも人によって異なります。また、近年は情報の影響も大きくなりました。スマートフォンなどでの情報摂取において、コンテンツが個人に最適化され、与えられる情報自体が異なるようになり、情報環境においても環世界にいると言えます。つまり、人は物理的な環境、情報的な環境の両方で閉じた世界に生き、原理的には「わかる」ことのできない他人とコミュニケーションをしようとしているのです。

人間が見ている環境(左)に対して、紫外線に感度を備えたミツバチの環世界(右)は大きく異なるものとなる。
『生物から見た世界』(岩波文庫)P.76より改編

会話が成り立っていても話が通じているとは限らない

では、この閉じた世界で生きている人間は、どうやってコミュニケーションを行っているのでしょうか? 会話を例にとって考えてみましょう(図2)。

会話は、お互いの考えすべてをやり取りしているようで、口から出される言葉は考えたことの一部でしかありません。そして、口に出されなかった思考は閉じられた世界の中にあり、お互いに知ることはできません。つまり、会話とは、それぞれの閉じられた思考の世界のほんのわずかな断片を、声に変換して相手に投げ掛け合う過程だと言えます。そして、その投げ掛け合いが継続され、新たに文脈が作られていく中で、相手に何かが「伝わった」という感覚が生じます。「こう言えば、これに関する内容が返ってくる」という期待が満たされると、相手に話が通じたと感じるのです。しかし、それはお互いの思考の一部の投げ掛け合いがうまくいっただけで、相手の思考そのものを理解したわけではありません。私たちの世界が閉じていることを前提に考えると、コミュニケーションの成立とは、そういう状態だと捉えることもできます。

会話の場合、お互いに知ることのできない閉じられた世界(環世界)での思考の中から、一部を言葉として取り出し、口に出しているにすぎない。その投げ掛け合いが継続する中で、話が通じたという感覚が生じる。

パラレルで行われる人のコミュニケーション

会話の際には、言葉だけではない、身体的なやり取りも同時に行われています。頷きや間合い、声の抑揚など、その多くは意識せずに行われている点が特徴です。コミュニケーションにおいては、言葉のやり取りに加えて、この意識下のやり取りが重要な役割を担っています。

心理学者のダニエル・カーネマンは、人の脳の情報処理システムを「Fast System」と「Slow System」の2つに分けています。Fast System は、意識せず自動的に高速で働くシステムで、情動的な反応を含め、日常の行動の多くを担うものです。Slow Systemは、複雑な計算や選択など、意識的に行う知的活動に使われるものです。言語のやり取りである会話の場合、Slow Systemの働きを考えがちですが、非言語のFast Systemのやり取りも重要となります。例えば、言語体系が異なる人同士でも何かが伝わると感じるのは、声の調子や目線といった意識下のやり取りが影響しています。言葉に現れない相手の世界を感じるためには、Fast Systemの働きが欠かせないのです。

人とAIの間で行われるコミュニケーションとは何か?

こう考えていくと、言語的、身体的なやり取りを通して、会話の向こうにある相手の環世界にどうにかアクセスしようと相手との関係を継続する、それこそがコミュニケーションの実体と言えるでしょう。目の前に人がいれば、言葉の背後にあるもの(意図や感情)を感じようとしますし、テキストチャットでも、相手が人間であれば、言葉の向こうの人間を想像しながらやり取りをします。では、AIスピーカーやスマートフォンのエージェントとの会話は、果たしてコミュニケーションと呼べるのでしょうか?

人工知能(AI)による会話は、過去の会話データを大量に集積し、それを学習したルールに基づいて再構成したものと言えます。もちろん、そこに意図はありません(あるのはプログラム制作者の意図です)。コミュニケーションを失敗して何かを失う恐怖を感じたり、相手と通じ合って喜ぶこともありません。つまり、AIとの会話は、言葉の背後にあるべきものが存在しない対象との会話ということになります。そのようなAIとのコミュニケーションは可能なのでしょうか? コミュニケーションの本質をひも解いていくと、こういった疑問が頭をもたげてくるのです。

“ 2030年のコミュニケーション” を探る常設展示
「ビジョナリーキャンプ」オープン

会期:2019年10月4日~約1年間(10~17時)
場所:日本科学未来館3階 常設展「ビジョナリーラボ」内 https://www.miraikan.jst.go.jp/sp/miraikanvisionaries/
「2030年のコミュニケーション」をテーマに、一般の10~20代の若者と、研究者・クリエイターが議論して制作された展示が、日本科学未来館にてオープンします。展示内「コミュニケーションをさぐる」のコーナーの監修を、本誌編集長が担当しました。
主催:日本科学未来館
協賛:Bloomberg L.P.