Interview

「モノ」から「ヒト」へ
世界を巡りたどり着いた
あるべき都市デザインの姿

都市デザインとは、何のデザインを指す言葉でしょうか? ランドマークや街の空間デザインを思い浮かべるかもしれませんが、内田友紀氏は、都市デザインはもっと有機的なものだと説明します。イタリアやブラジルといった海外でのプロジェクトに関わり、現在は東京を拠点に故郷の福井でサスティナブルな都市デザインに取り組む同氏の話を伺いました。

内田 友紀

内田 友紀 Uchida Yuki
早稲田大学理工学部卒業後、メディア企業勤務を経て、イタリア・フェラーラ大学にてSustainable City Design 修了。現在はRE:PUBLICにて福岡市、福井市などで都市型の事業創造プログラムの企画運営や、企業の研究開発領域での人材育成・環境構築などに携わる。内閣府地域活性化伝道師。

トップダウンでもボトムアップでもない
都市デザインのあり方

—現在の活動内容について教えてください。

内田:現在は、RE:PUBLIC(リ・パブリック)というシンク&ドゥタンク会社の共同代表をしています。6年前に設立された会社なのですが、「持続的にイノベーションが起こる“ 生態系” を研究し(Think)、実践する(Do)」ということを標榜して活動しています。

例えば、いくつかの自治体と協働し、その街の産業や人を育てるためのインキュベーションプログラムを企画運営したり企業の研究開発部門とビジョン形成をしたりしています。どの仕事でも軸にしているのは、企業/行政/大学/市民といった、通常はバラバラのセクターをつなぎながら、どのようにして変化しうる共同体を作るか、ということです。

—ご自身は建築を学ばれていたそうですね。

内田:ええ。もともと大学では建築、都市デザインを学んでいました。その後、一度会社に勤めたあと、イタリアのフェラーラ大学大学院に留学しました。専攻はサスティナブル・シティ・デザインです。大学卒業後も、各地の街づくりに顔を出していたのですが、いわゆるトップダウンの進め方はうまく機能せず、ボトムアップの取り組みも大きな変化につながらず疲弊する人たちもいます。そこで、トップダウンでもボトムアップでもない都市デザインのあり方、街づくりの手法を求めて、イタリアに留学することにしたんです。イタリア経由で、さらにいくつかの国のプロジェクトに関わりました。そこで気付いたのは、建築物など物理的なものだけでなく、そこにいる人や産業がどう育つのかを考えることのほうが、都市デザインにとって大切だということです。エキスパートがいなくなっても、街自体が変化し続ける力を持つことが重要で、その考えが、今でも私の核となっています。

イタリアでは、各都市における郷土愛の強さと、小さな都市の産業であっても世界と対等にネットワークしているという状況に、日本との違いを感じたという。

—自分の中での都市デザインの定義が変わったということですね。なぜ留学先にイタリアを選んだのですか?

内田:イタリアは郷土愛(カンパニリズモ)が強く、それぞれの土地に根ざした文化があるんですね。ひとつの国に、ローマ、ミラノ、ベネチア、ナポリなど、誰もが知っている街が数多くある。そして、実は小さな街にこそイタリアらしい魅力が詰まっている。その点、日本をはじめとするアジアでは、大都市に人や文化が集中し、バランスが偏りがちです。日本の中小規模の街のサスティナビリティを考えるためのヒントが、イタリアにはあるのではないかと考えたのです。

小さな都市が世界と渡り合う
~イタリアで感じた誇り~

—イタリアを訪れたときの印象を教えてください。

内田:大学があるフェラーラは、13万人程度の中小規模の都市です。世界遺産に街ごと登録されているような、中世の面影を残すところです。ルネサンスの時期に栄華を極めていたこともあり、文化の薫りが高く、住民もそのことに誇りを持って生活している街でした。イタリアに渡る直前まで会社員として忙しく働いていたので、イタリアの暮らしに衝撃を受けました。彼らは、ウェルビーイングを地でいっているようなライフスタイルなんです。家族や友人たちとの関係を何よりも優先し、食べ物を作る土地の豊かさを食卓で語り、街の歴史や文化をリスペクトしている。人の生き方や都市のあり方について考えさせられました。

—イタリアの産業で印象に残ったものはありますか?

内田:イタリアはテキスタイル、食品、インテリア、機械などが主流です。また、職人技が光り、家族経営から発展した中小企業が力を持つ国でもあります。そういった会社が世界企業などと対等に渡り合っていて、グローバルなんです。その理由のひとつは、職人の方のコミュニケーション能力の高さや起業家精神にあると思いました。作っている人、つまりその街の歴史と産業を作ってきた人がビジョンの作り手でもあり、自分たちが作っているものの価値を言葉で表現し、届けられるのです。

—日本での「職人は黙っていいものを作る」といった文化とは、かなり違いますね。

内田:そうですね。イタリアでは、過去の技術の伝承者であるだけでなく、新たなビジョンの担い手でもある。そして、ローカルでしかできない価値を提供することに自覚的で、何が優れているのか、どうやってそれを伝えるかを考え、職人自身がコミュニケーターとして、世界にその価値を発信していくという強さがあります。その土台にあるのは、高い審美眼という素養ではないかと思います。イタリアのアート教育は、自身が作品に対して何を美しいと思うかという、解釈と表現のための学びの場だと聞きます。もちろん、異なる国の手法をそのまま持ち込んでも、うまく機能するとは限りません。しかし、ものづくりを根幹の強みとしてきた国で、家族経営から発展した企業がグロバールに存在感を示しているという様子は、日本の地方のモノ作り、産業においてもとても参考になると思いました。

オーナーシップが本当の街を作る
~ブラジルでのプロジェクト~

—他の国での活動について教えてください。

内田:フェラーラ大学大学院は座学だけでなく、実際に世界各地を訪れてフィールドワークを行うという実践的なカリキュラムを組んでいます。私もチリ、ブラジル、ベトナムといった国々に行きました。それぞれの街では、ユネスコや現地の大学、行政やNGOと組んで、街づくりのプランニングなどを行いました。異なる視点の人が参加することで新たな読み解きが発生し、プランが生まれるという流れです。

—印象的な出来事はありましたか?

内田:ブラジルではアントニナという小さな港町に行ったのですが、そこでは2つの立場からプロジェクトに関わるという経験をしました。国連による「サスティナブルシティ・アライアンス」というプログラムをアントニナの街に導入するというプロジェクトなのですが、国連や行政側の人間として参加した際には、提案したプログラムに対して、誰がやるのか、お金はどうするのかといった意見が数多く出され、地元からは大反対に遭いました。いかに優れたプログラムのようであっても、地元の人のオーナーシップ(当事者意識)がなかったら、根付かないということを痛感しました。

—それがひとつ目の立場ですね。

内田:はい。もうひとつは大学院のメンバーとしてその街に住み込み、プロジェクトを進めるという関わり方です。地元のNGOと一緒に街の人のヒアリングをしながら、街の人たちとともに、何に困って何を希望しているのか、議論しながらビジョン形成を進めました。メンバーはさまざまな国から集まった多国籍チームで、現地の人とは異なる経験を持った人が混ざり合いながら読み解きを実践しました。ひと月かけて街づくりのプランを考え、プレゼンテーションをしました。すると、最終的には地元の人たちに「このプランは、このあともわれわれが育てていくよ」と言ってもらえたんです。

これは、建築を学び何らかの物理的なデザイナーになると考えてきた自分にとって衝撃的な経験でした。最初にも触れましたが、物理的な街づくりだけでなく、人による共同体を作るという都市デザインに取り組もうと決めた転換点でした。そこにいる人々のオーナーシップ、つまり「この街を作るのは自分だ」という自覚が芽生えたときに、よりパワフルな状況が生まれることを目の当たりにしたわけです。

ブラジルの港町アントニナのプロジェクトでは、行政側からのトップダウンで提案したプロジェクトは住人に拒絶されたが(写真左)、街に住み込んで住人と問題意識を共有しながら行ったプレゼンテーションは住民の理解を得るという対照的な経験をした。

主体的かつ人間中心の街づくり
~福井をサスティナブルシティに~

—現在は日本に戻り、RE:PUBLIC の創業に加わったわけですね。

内田:はい。RE:PUBLIC では、福岡での事業創造プログラムに取り組んだあと、現在は福井市にてプロジェクトを作っています。福井市は実は私の出身地で、人口27万人程度の中小規模の都市です。イタリアでの問題意識と重なりますが、中小規模の街のサスティナビリティにポイントをおいて活動しています。そしてもうひとつのポイントとして、「トランスローカル(Trans-local)」というキーワードも大切にしています。ローカルにある資源や技術、文化を異なる視点で読み解き、その場所や、そこで生活している人が変わっていく姿(Transition)をめざすという考え方です。

—福井での具体的な取り組みを教えてください。

内田:次代をデザインするための小さな教室と銘打ち、毎年形を変えながら、2つのプログラムを運営しています。昨年は、2日間の学びのプログラム「XSCHOOL」と、4カ月間のインキュベーションプログラム「XSTUDIO」を実施しました。前回のXSTUDIO のテーマは、福井市の基幹産業である「繊維」でした。行政や地元企業、そして全国からクリエイターが集まってプログラムが進みました。地域の基幹産業には、その街の特色が現れます。例えば、北陸であれば、水が豊かで湿度が高いといった風土や、女性の高い就業率といった土地の人間の気質とともに産業が育ってきました。そのような背景を読み解きながら、そこに異なる視点や考えが交わることで、街の産業や人の循環もアップデートできるのではないかと考えたわけです。

—メンバーを選ぶ基準などはあるのですか?

内田:単に商品開発の機会を得たい企業や、力試しがしたい人には、もっと適した別の場所があると思っています。基準は、未来を「共視」できる人ですね。互いにフラットな立場で、同じビジョンを見ることができる人。そして自分なりに今の社会状況を解釈して、新たな仕組みを作ろうという姿勢を持っている人です。そういった人たちが集まって、初めてサスティナブルな都市デザインができると考えています。

—最近の都市デザインを巡る議論では、スマートシティというキーワードがよく取り上げられますね。

内田:安心/便利/快適な街という考えを排除するわけではないのですが、スマートシティにおいて利益を享受するのが一部の巨大企業にならないようにする必要があります。Webでは既に現れていますが、都市の中で1人の人間が単なる「ユーザー」として見られてしまう分岐点に来ています。それは、私たちが本当に実現したかった都市の姿とは思えません。そうならないためには、テクノロジーとともに、個々が表現し創造する手立てを持つことが重要です。私は、人が自らの意思で関わって実現していく、主体的かつ人間中心の都市デザインを喚起していきたいと考えています。

福井市で行った4カ月間のインキュベーションプログラム「XSTUDIO」。全国からクリエイターが参加し、基幹産業である繊維を舞台に議論を重ね、最終的に福井と東京でプレゼンを行った。

海外でのプロジェクト経験が、人による地域作りへの転換点になったという内田氏。ローカルの資源や技術を、外からの視点を加えて読み解き直し、新たな価値を見出す「トランスローカル」の手法を組み合わせ、人が中心のサスティナブルな都市デザインにつなげたいと語る。


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