Interview

コモングラウンドが導く
人間とデジタルエージェントが
共存する未来都市

未来の都市デザインを考える際に鍵となる、人とデジタルエージェントの共存。それを実現するには何が必要なのでしょうか? 未来都市を描くキーワードとして「コモングラウンド」を掲げる建築家の豊田啓介氏にお話を伺いました。

豊田 啓介

豊田 啓介 Toyoda Keisuke
建築家。東京大学工学部建築学科卒業。1996-2000年、安藤忠雄建築研究所。2002年コロンビア大学建築学部修士課程修了(AAD)。2002-2006年、SHoP Architects(New York)。2007年より東京と台北をベースに、蔡佳萱と共同でnoizを主宰(2016年より酒井康介もパートナー)。建築を軸にデジタル技術を応用したデザイン、インスタレーション、コンサルティングなどを国内外で行う。

デジタル技術で拡張する
建築の領域

—豊田さんが共同主宰している「noiz」では、建築設計のデザインに、デジタル技術を積極的に取り入れているそうですね。

豊田:はい。いわゆるCADでのモデリングといったものではなく、建築のより本質的な部分にデジタル技術を活用しています。例えば、アルゴリズミック・デザインなど人の発想を越えていく可能性があるものです。それはデザインにおけるデジタル化のひとつの手法ですが、今後、建設業界のデジタル化はデザインや設計だけでなく、施工、さらには建築以前の与件整理や施行後の運用のところまで、シームレスに活用の領域が広がっていくのではないかと考えています。例えば、建築物の目的や運用方法が設計にインタラクティブに関わってくるといった具合です。

従来の建築業界は、経験や感覚で設計をやっている部分がありました。それらの高次情報を2次元の図面や3次元の模型で外部化してきたわけです。しかし、デジタル技術を使えば、さらに工程や素材、運用といった要素も含めた、より高次の情報を、高次のまま客観的に記述して外部化することができるようになる。そうなったときに、じゃあ建築には何ができるんだろうと、その点に興味があるんです。もしかすると、出口はもはや建築ではなくなるかもしれません。

—建築以外の分野との融合も考えられますね。

豊田:そうなんです。他分野の研究者などとの交流は必要ですし、進めていきたいと考えています。しかし、建築の分野はすごく土着的で、入ってきづらい領域なんですよね。外から入ってきやすいようにするため、最近では建築情報学会の立ち上げ準備を進めています。例えば人工知能学会のように、さまざまな人が集まるアクティブな学会が理想です。実際建築業界には、物理的世界は得意だけど、デジタル、つまり情報は苦手という人が多い。本来はすごくシームレスで重なり合っている領域だと思います。

—建築業界というとデジタルと親和性が高い印象がありますが、そうではないのでしょうか?

豊田:人間視点での物理的世界で閉じてしまっているようなところがあるんです。ただし、デジタル技術を含め、新しいものに取り組もうとする考えは、ゼネコンなどを中心に生まれつつあります。そのため、僕らのところに相談に来る企業も多く、実際そういった案件は増えています。

ただし設計事務所は本来、漠然としたアイデアをどうやって釘1本の部分まで厳密に定義していくか、つまり解像度を上げていく仕事なんです。方向性としては「収斂」ですね。新しいものに取り組むといったコンサルティング業務は「拡張」で、逆方向なんです。そこで現在では「gluon」という別会社を立ち上げ、ビジョン構築のような依頼を請け負っています。

ミラノデザインウィーク2019で展示されたnoizの作品「Patterns of Nature」。デジタルで描くコンピューテショナルデザインを駆使した変化するパターンが空間を埋める。Photo: Daici Ano

スマートシティに必須となる
コモングラウンドという概念

—企業からの相談は、どのようなものが多いのですか?

豊田:現在はやはり、スマートシティに関する相談が多いですね。僕がスマートシティについて話すとき、よく使うキーワードが「コモングラウンド」です。もともとは人工知能学会の西田豊明先生が、会話情報学の文脈で使っていたんですが、「この言葉だ!」と感じて使わせてもらっています。簡単に言えば、会話の前提となる背景や土台のようなものですね。人間同士は、このコモングラウンドがあるから会話が成り立つわけです。

一方、現実の都市空間では、AIやロボットといったデジタルエージェントが物理世界を認識するための汎用的なコモングラウンドは、今のところ存在しません。例えば、普通のテーブルも、デジタル記述され、情報が整理されて初めてデジタルエージェントはテーブルだと認識できるわけです。

—情報を翻訳する必要があるわけですね。

豊田:そうなんです。生物学者のヤーコプ・フォン・ユクスキュルが、生物によって異なる世界を見ている「環世界」を唱えていましたが、まさにその考えです。デジタルエージェントには、彼ら独自の環世界があり、人間にも環世界がある。共存するためには、彼らの視点で空間を理解すると同時に、彼らが理解できるように、物理的世界をあらじめ各エージェントごとの環世界としてデジタル記述しておく必要があります。例えば、マーカーやセンサーなどを、あたかも部屋の中のコンセントのように各所に配置しておく必要があるでしょう。そうした汎用性が整って、初めてデジタルエージェントと人間が共存できる世界のベースができるわけです。

—デジタルでの記述は進んでいるのでしょうか?

豊田:取り組んでいる企業はあるのですが、各社がバラバラに進めているのが現状です。実際のところ、ひとつの企業が広範囲にわたってデジタル記述を進めるのは経済的にも無理でしょう。つまり、複数の企業が共同で進める必要があるのですが、なかなか難しいのが現状です。

—障害となっているのは何でしょう?

豊田:未来の都市に関するビジョンが共有できていないということだと思います。20世紀には、未来都市といえば、曲線を多用した建物と列車が走るチューブといった類いの典型的なイメージがありました。しかし21世紀の現在、未来都市は物理的変化ではなく次元の変化になってきています。例えば、UberやAirbnbは都市的要素の進化形ですが、車のデザインを変えたり、家のデザインを変えることを要求することはありません。従来のモノのデザインに情報や仕組みが加わって、高次元化するほうに価値が移行したので、見た目があまり変わらないわけです。未来都市の構造は今、そういう見えない部分にあって、未来のビジョンが共有しづらいということが、コモングラウンドの実装のスピードを減速させているのだと僕は考えています。

コモングラウンドの概念図:テーブルという物に対して、人間同士であれば一定の共通認識がコモングラウンドとなり、テーブルを認識できる。一方デジタルエージェントがテーブルを理解するためには、デジタルで記述し、デジタルエージェントの環世界に適した情報として整理する必要がある。人間とデジタルエージェントに共通して見える高次の情報とすることで、両者にとってのコモングラウンドの実装が実現する。

プラットフォーマーによって
社会の枠組みが変化する

—コモングラウンドの実装は、企業にとってはどんなメリットがあるのでしょうか?

豊田:コモングラウンドが実現する、つまりあらゆるものがデジタルの情報となれば、それを管理する企業、あるいは共同体は、必然的にプラットフォーマーになるでしょうね。例えばデベロッパーは、現在は土地を開発し建物を作り部屋を貸すといった仕事をしています。それが今後は、「あるデベロッパーは丸の内をすべて記述している。従って、そこでビジネスをするには、そのデベロッパーのデータが必要になる」といった状態です。デベロッパーがいつのまにかプラットフォーマーになるわけです。車メーカーにも同じことが言えますね。物理的な自動車だけでなく、自動走行のための情報やカーシェアのためのシステムなどを管理していけば、プラットフォーマーになるでしょう。おそらく、実際の車を販売するよりも大きなビジネスになるはずです。

コモングラウンド化が進むと、最終的には、世界中の主要都市がデジタル記述され、それがビジネスのベースになるでしょう。記述されていない都市では、AR広告が使えないとか、ナビゲーションができないとか、うまくビジネスが回らないといった事態も起こるはずです。

—世界の標準化が進みそうですが、その先には何があるのでしょう?

豊田:標準化や汎用化が行き渡ると、次の段階に進みます。これを私は「スパイク性」と呼んでいますが、汎用化が進むとどこに行っても同じになってしまうので、人々は逆に、その場所ならではの体験をしたいと思うようになるはずです。東京ならでは、あるいはリゾートならではの体験をしたい。その閉じた多層性を貫く特性をどうデザインするのか、そういうことがその先の価値になっていくのではないでしょうか。

日本にとっての最後のチャンス
大阪万博という実証実験

—スマートシティとコモングラウンドの話に戻りますが、日本以外の国ではどのような状況なのでしょう?

豊田:例えばアメリカだったらGoogle、中国だったらアリババ、テンセントといった企業が高次元の都市デザインを進めています。日本はかなり立ち遅れています。予算や扱おうとしている次元がまったく違いますね。例えば、Googleはトロント、アリババは杭州といったように、実際の都市を舞台にして実証実験を進めています。日本では、実際の都市で大々的に実験をするというのはほぼ不可能でしょうね。僕は、日本の都市や生活プラットフォームが、早晩、こうした海外企業に支配されてしまうのでは、という危機感を持っています。

—何か打開策はないのでしょうか?

豊田:実は今、2025年の大阪万博の会場計画に関わっています。僕はこの万博が、まさに高次元の未来都市の実証実験をするための大きなチャンスだと確信しています。公共の予算のもとで、住民の反発などがない環境で都市単位の実証実験ができるわけです。また、コモングラウンド実現の課題でもあった複数企業の協力も、万博というきっかけがあれば、参加しやすいでしょう。もう期日は決まっているので、各企業には『これに乗りたかったら動いてください。わからなくてもいいから乗ってください』と呼びかけることができます(笑)。万博はいい旗印になりますからね。

物理空間と情報空間が重なるコモングラウンドの実装は、新しいパラダイムであり大きなビジネスチャンスでもあると思います。そのコモングラウンドを都市スケールで実証できる大阪万博は、日本にとって千載一遇のチャンスだと考えています。

Googleの関連会社であるSidewalk Labsが、カナダのトロントで展開するスマートシティプロジェクト「IDEA地区」のイノベーションキャンバスのイメージ。実際の都市が、テクノロジーの実証実験の場となる可能性がある。

日本の都市デザインが未来に進むためには、あらゆるものをデジタル情報で記述し、コモングラウンド実装が必要だと唱える豊田氏。都市デザインの高次元化は、人間とデジタルエージェントの共存にもつながると述べる。


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