子どものウェルビーイング実現に向けた指標の考え方

未来の社会を考える上で、子どものウェルビーイングへの取り組みは欠かせません。では、子どもと大人のウェルビーイングでは何が異なるのでしょうか? 子どものウェルビーイングを考える際に重要な点とはどのようなものでしょうか? 子どものウェルビーイングについて「生活評価」の観点から論文を執筆された上坂美紀氏に話を聞きました。
上坂美紀、中森千佳子(2020)「子どもの主観的Well-beingにおける『生活評価』指標の枠組みと指標の提案」 日本家政学会誌 Vol.71 No.10, pp. 631~647.

上坂美紀

上坂美紀
Miki Kosaka

Well-being Laboratory 代表。客員研究員として在籍していた金城学院大学消費生活科学研究所を2022年3月に退所。その後、Well-beingにおけるアートの可能性に着目し、国内外でのアーティスト活動を中心に、アートを通して子どもの自己肯定感を高めるワークショップを開発中。

子どもの生活実態を把握する
ウェルビーイング指標

—上坂さんが子どものウェルビーイング研究を始めたきっかけを教えてください。

上坂:私自身が出産や育児を経験し、あらためて世の中を見渡すと、貧困や虐待といった子どもを取り巻く問題が年々深刻化しつつあって、子どものウェルビーイングに世界的な関心が集まっていることを知りました。その中で、子どもの生活実態を把握できて、子ども自身が評価、判断できる、「子どもにとって望ましい生活」を主観的に測る指標開発が必要だと感じて、研究に至りました。

—論文ではどのような指標を提案されているのですか?

上坂:まず、多くのウェルビーイング指標は、主観的な要素と客観的な要素で構成されます。主観的な要素は、幸福感や人生の満足度などで、客観的要素は、人間らしい基本的な生活を営むための環境のことです。論文では、具体的な質問項目という形ではなく、子どものウェルビーイング指標の枠組みを提案しているのですが、包括的な生活満足度だけでなく、自分の生活の衣食住や経済的な環境、社会的なつながりや精神的な特性などに関するさまざまな問いを用意することで、子どもの生活の実態を把握しようとしています(表)。さらには、全項目を主観的な指標とすることで、子どもたち自身が、どう思うのか、どう感じるのかを繰り返し答えていく中で、自身の生活を客観視できるようになることも意図しています。

■「生活評価」指標設定の枠組み

自立の側面 自立の要素
生活的自立 衣食住の生活
健康管理
生活習慣形成
経済的自立 消費生活
環境
社会的自立 家族との関わり
地域とのつながり
精神的自立 生活についての課題と実践
自己決定力(全体指標)
全体指標 自己決定力
意見表明
総合的生活満足度

[表]「生活評価」指標設定の枠組みと、指標の提案における自立の側面とその要素。子どものウェルビーイングを測定していくには、主観的な生活評価を、満足度だけでなく、複数の生活場面における生活実態の把握とともに行うことが必要だと考えられる。

—大人と子どもでウェルビーイングの考え方に違いはあるのでしょうか?

上坂:子どもの生活実態を把握するための指標は細分化されたものである必要があります。理由としては、まず、子どもが生活を客観的に判断することの難しさが挙げられます。例えば、食事はお菓子という食生活が日常的になっていても、それが子どもにとっては当たり前になってしまう。その環境が標準的ではないと気付くには、経験や知識が必要となります。

さらに、子どもは総合的に判断することが難しいので、例えば、「生活の満足度は?」といった大雑把な問いでは内容を捉え切れないでしょう。従って、子どもに関する指標は生活のいろいろな場面に細分化した具体的なものにする必要があるのです。食事はどうか、寝るときはどうか、衣服はどうかといったものです。属する集団についても、家庭、学校、地域などに分けます。なお、研究におけるこうした細分化の作業は、文部科学省の学習指導要領、特に生活科や家庭科のものをベースにしました。

そして、大人は自ら生活環境を醸成することができるのに対し、子どもはその心身の発達や知識・経験、経済力などにより、自らの望む生活やより良い生活を醸成していく能力が乏しいということがあります。そのため、大人のウェルビーイングを「人間が日常的に健康で基本的な生活の状態にあり、より望ましい生活へと環境や社会を醸成できる状態」と考えるのに対し、子どものウェルビーイングは「子どもが日常的に健康で基本的な生活の状態にあり、自立した大人へと成長できる生活環境が整えられている状態」と定義しています。

—提案されている枠組みには、「自立」という言葉が多く見られます。

上坂:はい。論文では、子どもの「自立」、特に、「生活的自立」「経済的自立」「社会的自立」「精神的自立」の4つの観点から自立を捉えています。ここで言う自立とは、自分一人ですべてを引き受けて他者からの支援を受けないという意味ではありません。子どもが大きくなったとき、一人の生活者として一人前に歩いていけるようになるために、他者を含めて自分をケアし、持続的な生活ができるという意味です。つまり、めざすべき子どもの生活環境とは、貧困が解消され、生理的欲求が満たされているという最低限の生活や、保護された環境ではなく、「自立」した大人へと成長できる環境だということです。

—指標は何歳ぐらいの子どもが対象なのでしょうか?

上坂:小学校5年生、6年生を想定しています。これには、自己評価が可能な年齢を分析した先行研究の裏付けがあります。加えて、将来への展望について考えることができる年齢であるということも理由です。

また、質問の言葉は十分考慮する必要があります。大人の言葉で質問しても、意図がうまく伝わらなかったり、選択肢によって回答が制限されてしまう可能性もあります。しかし、かといって、自由記述形式にすると、答えづらさから有効回答が少なくなる場合もあります。そのため、子どもの実態を把握するための工夫が施された指標の開発というのは、今後の大きな課題です。

子どものウェルビーイング指標
日本や世界の取り組みとこれから

—子どものウェルビーイングやその指標開発に関して、海外と日本、それぞれの状況を教えてください。

上坂:OECD やユニセフをはじめ、海外では、子どもの貧困問題とともにその環境改善のための政策策定に向けて、子どものウェルビーイングの指標開発が行われてきました。ただし客観的指標が多く、主観的なものは近年になりようやく重視されるようになってきました。論文で比較した国の中で主観的指標が最も多かったのは、イギリスの指標です。日本は、欧米に比べるとスタートが遅かったのですが、主観的な指標開発が進んでいるという特徴もあります。例えば日本家政学会の研究会では、早くから子どものウェルビーイングの主観的な指標の開発に取り組んでいます[*]。

—子どものウェルビーイング指標が確立されることで、それはどんな社会につながると思いますか?

上坂:指標が存在することで、多くの子どもが自分の生活のあり方に気が付く機会を得られます。それは、生活の問題の早期発見や予防にもつながると考えています。また一方で、指標があることで過度な順位付けが起きたり、本来自由なウェルビーイングの捉え方に制限が生まれてしまう可能性もあり、このことは、指標化の課題だと捉えています。何より、子ども時代におけるウェルビーイングは、子どものその後の成長、そして大人になってからのウェルビーイングに大きく関係します。それはとりもなおさず、未来における社会全体のウェルビーイングに影響を与える重要なファクターだと考えています。

[*]:(社)日本家政学会家族関係学研究活動委員会編(2005). 子どものウェルビーイングと家族・地域社会調査報告書(報告書編集担当:小澤千穂子,久保桂子,長津美代子,中間美砂子,細江容子).


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