進化心理学から見た家族と子育て

生物としてのヒト その家族と子育てのあり方

動物として、ほ乳類として人(ヒト)を捉えたときに、家族や子育てはどのような意味を持つのでしょうか。そして、核家族化が進む現代社会において、その変化をどう捉えていくべきなのでしょうか。人と動物の行動を進化心理学の視点から研究する齋藤慈子さんに伺いました。

齋藤慈子

齋藤慈子
Atsuko Saito

上智大学総合人間科学部心理学科 准教授。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 博士(学術)。養育行動、養育欲求、親子関係、伴侶動物とヒトの関係などをキーワードに、人間の行動・発達を、進化心理学的視点から考える。現在、JST ムーンショット型研究開発事業 目標9「Child Care Commons:わたしたちの子育てを実現する代替親族のシステム要件の構築」(PM:細田千尋・東北大学)の課題推進者も務める。

生物学的に見た子育ての意味とその担い手

—齋藤さんが関わっている研究について教えてください。

齋藤慈子(以下、齋藤):養育に関する研究を進化心理学の観点から行っています。これまで、コモンマーモセットという小型のサルの子育て行動の研究を行ってきました。最近では、子育てに関わるさまざまな人々へのインタビューなども行いながら、研究を進めています。その背景として、私自身が子どもを持ち、子育てを経験して、その大変さを知ったこともあります。子どもは2人いますが、仕事をしながら子どもの面倒を見るのはやはり大変です。

ちなみに、コモンマーモセットは、ほかの多くのほ乳類とは異なり、赤ちゃんが生まれると、母親だけでなく父親もすぐに子育てに参加します。さらに、親だけでなく兄姉のサルも小さい子の面倒を見たりする特徴があります(写真)。

 小ザルを背負う父親

小ザルを背負う父親

年下の2頭を背負う兄

年下の2頭を背負う兄

[写真] 小ザルを背負う父親(1枚目)と、年下の2頭を背負う兄(2枚目)のコモンマーモセット。多産で母親の子育ての負担が大きいマーモセットは、父親のほか、兄姉のサルも子育てに積極的に参加する。兄姉のサルは最初は赤ちゃんザルに対して戸惑っているが、1週間ほどで背負えるようになる。

—それは、なぜでしょうか?

齋藤:このようなコモンマーモセットの子育て行動には、生まれながらの性質だけでなく、学習の影響もあると考えられています。例えば、兄姉のサルが初めて赤ちゃんを見たときには、あまり上手に世話ができません。でも、1週間ほどで、赤ちゃんザルをうまく背負えるようになるのです。それは、親ザルの子育てを見たことや、赤ちゃんに接したことが大きく影響していると考えられます。一方で、動物園のチンパンジーなどは育児放棄が多く見られるのですが、その理由は、それまでに育児の様子を見たことがないことが原因とも言われています。

また、オランウータンを研究している先生がおっしゃっていたのですが、オランウータンは、基本、単独性なので、家族は母子しかいません。しかし、お母さんは自分のご飯の時間を犠牲にしてでも、偶然会った子ども同士を遊ばせるそうです。オランウータンは、もともと社会性があったものの、暮らしているうちに単独になったのではないかと考えられています。そういった中で社会性を育てるには、やはり他個体とのインタラクションがすごく大事だったりします。

—生物にとっての「子育て」とは、どのようなものと捉えられるでしょうか?

齋藤:動物が子どもを残すのは、基本的には次世代に自分の遺伝子を残すためと考えるのが、進化心理学や生物学的な適応論のスタンスになります。そんな中で、ほ乳類は母親がおなかの中で胎児を育て、生まれたあとは母親が母乳で育てていくという流れがあり、母親が子育て・子育ちの起点になっています。そして、ほとんどのほ乳類、9割くらいの種では、母親のみが子育てをすると言われています。

一方で人間は、社会的な背景はさまざまあるのですが、進化の過程で頭が大きくなったため出産も大変ですし、生まれた赤ちゃんも未熟なので常に世話をする必要があり、その結果、母親だけでなく家族や周囲の人など、いろいろな人が子育てに関わるようになったと言われています。

家族構成の変化と現代社会の子育ての特徴

—生物学的に見て、現代の子育てで気を付けることはありますか?

齋藤:基本的に、子どもは親に対してさまざまな要求をするものです。しかし、昔は、1つの家族に子どもが5人とか10人とか、多くいたので、その中にあって親からの投資を受けなければ生き残れませんでした。そのため、さまざまな要求をしました。しかし、今は少子化、核家族化が進んでいるため、逆に、子どもの要求をそのまますべて受けいれてしまうと大変になるという、発達心理学者の根ケ山光一先生が提唱されている考えもあります。

人間が生きた大半の時代は、食料などの入手が簡単ではなく、生きていくのが大変でした。そのことから、人間は脂肪や糖分などを求める欲求が生物学的に備わっているという説があります。しかし、食料が十分にある現代で、その欲求のままに食べていたら、逆に病気になってしまうこともあります。この話を子育てに当てはめると、子どもの要求すべてに親が対応することが本当によいのか、とも考えられます。親がすべてに応えるわけではなく、親子があえて距離を取ることもありえるのではないかということです。

また、都市部での生活では、隣に誰が住んでいるのかも分からない状況になりました。そうなると必然的に、いろいろな人が子育てに関わるのではなく、家族だけで子育てを担うことが多くなります。そのような、親だけで子どもを見る、逆に子どもが自分の親の子育てしか見ることができないという状況にはデメリットがあると、私自身は思っています。

—具体的にはどのようなことがデメリットでしょうか?

齋藤:例えば、学生から「親の笑顔を見るためにがんばってきた」という話を聞くと、ちょっとつらく感じたりします。その裏にあるのは、親には「きちんと育てなければ」という世間からのプレッシャーがあって、子どもに「がんばって」と応援する。すると、子どもも「がんばらなきゃ」という気持ちで生活することになる。決して悪いこととは言い切れないかもしれないですが、少し苦しい状況であり、あまり健全ではないという意見もあります。

そして、親だったら、子どもと向き合ってうまく育てられるかというと、そうとは限りません。親子間で何らかの問題が生じることは必ずと言っていいほどありますし、閉じた環境で子育てをしてしまうと、その責任の重さから、逆に親子の関係性がこじれてしまうこともあります。

—そのようなときに、子育ての場に外部の人がいることがあるとよいかもしれませんね。外部の人にとって、それにはどのようなメリットがあるのでしょうか?

齋藤:ほかの家庭の子育てに積極的に関わろうとする方に話を聞くと、「子どもを見ることで、さまざまな学びがある」と答える方が多いです。何かを教える場は、自分も学んでいく場となっており、自分も成長していると感じる方は多いのだと思います。また、私自身もそうだったのですが、子育てをしていると、忘れていた子どもの頃の記憶が戻ってきたり、小さい頃に何を考えていたか思い出したり、そんな機会もあります。そんなふうに直接子育て・子どもの育ちに関わってみると楽しいと感じることがたくさんあると思うのですが、そういったメリットを子育ての当事者以外の方にきちんと見せてあげることも大事ではないでしょうか。

そして、自分が子どものころに外部の人が関わってくれた経験も影響してくると思います。自分が小さい頃にいろいろな人に世話をしてもらったという経験が、将来的に自分も関わっていこうというモチベーションになり、継承につながっていくと思います。そのためには、いろいろな人に関わられるという経験を、まず子どもにさせることも大切なのかもしれません。


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