コンピュテーションやインタラクションという、一見マテリアルとは無関係に思えるキーワード。筧 康明氏は、それらを結びつけて “ 材” の可能性を追求している研究者です。「西陣織をアップデートするプロジェクト」や、「光りながら空中を浮遊する飛行体の開発」など、最近の興味深い活動を中心に話を伺いました。
筧 康明
東京大学大学院情報学環准教授
慶應義塾大学環境情報学部准教授を経て、2018年4月より現職。博士(学際情報学)。マテリアルや空間を中心としたインタラクティブメディアに関する研究およびメディアアート作品の制作を行う。2015~16 年にMITメディアラボにてVisiting Associate Professorを務める。
慶應義塾大学環境情報学部准教授を経て、2018年4月より現職。博士(学際情報学)。マテリアルや空間を中心としたインタラクティブメディアに関する研究およびメディアアート作品の制作を行う。2015~16 年にMITメディアラボにてVisiting Associate Professorを務める。
織物とデジタルの親和性
—筧さんの最近の活動について教えてください。
筧:2018年3月まで、山口情報芸術センター(YCAM)で「布のデミウルゴス──人類にとって布とは何か?」という展示を行いました。京都の西陣織の老舗である株式会社細尾とYCAMインターラボ、そして私たちの研究室のコラボです。お題は「西陣織をアップデートする」というもので、職人の手わざとコンピュテーション、あるいはメディアアートをどう接続するかというプロジェクトです。—織物とコンピュータの組み合わせとは意外ですね。
筧:織物は縦糸と横糸の関係で作られていますが、どの糸が上か下かといったことで、柄などが生まれます。ディスプレイの表示にも通じるものがあるんです。さらに、ジャガード織りの織機はパンチカードを利用しているのですが、これはコンピュータでパンチカードが使われるよりも前なんです。ある意味、プログラミングのような考えで柄を生み出している。そう考えてみると、織物とデジタルの親和性は驚くほど高いといえます。—なるほど。具体的にはどのような展示ですか?
筧:布に機械や電気的な回路を取り付けるのではなく、マテリアルサイエンスと西陣織との掛け合わせで何ができるか、というところを追究しました。実は西陣織には「箔」と呼ばれる技法があり、金箔や銀箔を塗った和紙を織り込み、豊かな色彩やキラキラした柄を生み出しているんです。ある意味、縦糸と横糸の関係が新たな素材を取り込むためのフィールドのようになっている。われわれはその技術を応用し、温度に応じて柄が動的に変わっていく布を製作しました。例えば、室内だと白、寒い屋外では赤く色づく着物ができます。環境に応じて布に状態遷移が起こっているのですが、素材が環境の情報を計測、計算し、ダイナミックに関係を持つというわけです。YCAMで開催された展示「布のデミウルゴス──人類にとって布とは何か?」
プロダクトとマテリアルそしてコンピュータとの関係
—新しいマテリアルを作りたいというモチベーションでしょうか?
筧:新しいものを作るというより、マテリアルをコンピュータの生態系に取り込めるようにするというアプローチですね。マテリアルが既に持っている豊かな触感、そこに隠された特性を引き出すためにテクノロジーを使うということに興味があるんです。今回のプロジェクトでも、歴史ある西陣織のフォーマットを生かしてアップデートする点にこだわりました。濡れると柔らかくなる、乾くと硬くなるという素材を西陣織に織り込んだ作品もあります。着るためではなく、オブジェや建材のための布といった発想です。—なるほど、面白い素材ですね。
筧:固くなったものをもう一度水に濡らすと柔らかな布になる。ある意味、プロダクトからマテリアルに戻るわけです。こうした状態の遷移は、実はコンピュータのインタラクションデザインとしては一般的です。しかし、それをディスプレイの外、デジタルの世界とは違うところで実現することに興味があるんです。—いってみれば、コンピュータとしてのマテリアルということですか?
筧:そうですね。実在するものがコンピュータ的な振る舞いをする、それが理想ですね。逆に、コンピュータはマテリアルかプロダクトかという問いも成り立つ。コンピュータは計算できるし絵も描ける、音楽も作れるという意味で、さまざまなものになるマテリアルともいえます。プログラムを使い、さまざまなプロダクトになれるのです。マテリアルによるインタラクションデザインの可能性
—訪問されていたMITメディアラボでの研究について教えてください。
筧:MITで取り組んでいたプロジェクトのひとつに「ORGANICPRIMITIVES」があります。PHに応じて形、色、香りが変化するマテリアルなんですが、例えば、食べ物の表面に塗布することで食べ頃を教えてくれるといった用途が考えられます。いわゆるIoTの外側にあるもの、食べ物とか環境とか、そういったものと人間との新しい関係を作る試みだと思います。MITでのプロジェクト「ORG ANIC PRIMITIVES 」。MITでは、コンピュータ
とマテリアル、そしてバイオロジーが、かなり密接に繋がっていたという。
—最近の東京大学とのプロジェクトも興味深いです。
筧:「Luciola」ですね。これは空間を飛び回る極小のLED光源なんですが、空中を浮遊させている技術には超音波を使っています。そして搭載しているLEDは無線給電で光っているんです。機械や電気といった要素を切り離しマテリアルそのものの研究に取り組んできましたが、電気で動くものを排除するわけではありません。基板が十分小さくなり、無線給電といった技術が発展したことで、電気的なものがマテリアルの一部として機能するようになりました。マテリアルベースで取り組んできた研究に、もう一度エレクトリックな要素を組み合わせることができるようになったのです。—いわゆる、ハイブリッドの可能性がある?
筧:そうですね。布のような柔らかい基板が作れるようになってきていますし、マテリアルとエレクトリックなものの融合に大きな可能性を感じています。コンピュテーションをマテリアルに組み込むということも増えてくると思います。今はそのブリッジの部分のバランスが悪く、例えばケーブルを無理やり身にまとったような、不自然なウェアラブルデバイスになっています。ただしそれは過渡期の産物であり、徐々に洗練されていくでしょう。実際には、そういったところを行ったり来たりしながら、テクノロジーは進化していくのだと思います。空中を極小のLEDが浮遊する「Luciola」。電源は無線で給電されている。