可視光通信を使って 大人数の生体データを計測
私はもともと、生体工学に関する研究に携わっていました。呼吸とか心拍、脳活動(脳波)といった生体データを計測し、それを活用するというものです。ただこの生体データですが、数人程度ならともかく、数十人、数百人のデータとなると、リアルタイムに収集するのが技術的に非常に困難となります。計測自体はセンサーを人数分用意すればいいのですが、データを収集するところがボトルネックになるんです。例えば、ケーブルを直接つなぐと被験者に影響を与えますし、そもそも数百本のケーブルを扱うのは現実的ではありません。Wi-Fiなどの無線通信という選択肢もありますが、多数の回線が同時にやり取りすると通信が不安定になります。
試行錯誤の末にたどり着いたのが、可視光通信の利用です。まずセンサーが計測したデータを光の点滅信号に変換し、被験者の肩や頭部に取り付けたLEDを発光させます。その光を高速カメラで撮影して信号を受信し、データを解析するという仕組みになっています。
「場」の状態を解析してよりよい空間を生み出す
大人数の生体データのリアルタイム計測が可能になれば、例えばコンサート会場での“盛り上がり”の計測もできるようになるでしょう。どのエリアが盛り上がっているのか、盛り上がりは周辺に伝播するのか、といったことの客観的な分析ができます。そしてこの生体データの計測技術は、「場」の解析にも応用できます。ここで言う「場」とは、そこにいるだけで影響を受ける雰囲気を持つ空間のことで、コンサート会場や職場なども「場」と言えます。それらの「場」の雰囲気によって盛り上がりや仕事の進み具合も左右されると考えられています。職場での普段の生体データを取得して、これまで印象論で語られていた「職場の雰囲気」のようなものを可視化することができれば、高いパフォーマンスを発揮できる「場」の創造に応用できる可能性があります。
また「場」を構成する要素はさまざまですが、私は身体的な要素は重要だと考えています。例えば、電車でイライラしている人がいると、まったく面識のない人でも影響を受けることがあると思います。このように、直接的なやり取りがなくとも自分を含めた人間の身体的存在自体が「場」を作り、「場」を介してインタラクティブに影響を与え合っているわけです。
そうした人間の存在を含めた「場」の状態が解析できれば、次はコントロールすることも可能になるはずです。コンサートやイベントであれば、盛り上がりを促進するためのポイントが見つかるかもしれません。また、働きやすい職場の条件が明らかになる可能性もあるでしょう。可視光を使った集団の生体データ計測を通じて、よりよい空間作りが実現できればと考えています。
佐藤 尚
主任研究員 専門:生体生理工学、生理心理学、ヒューマンインタフェース
群衆に対して、その人達の生体反応や脳活動を同時に計測し、どのような同期現象が見られるのか、どのような介入がより良好な状態を実現するのかを解明します。
群衆に対して、その人達の生体反応や脳活動を同時に計測し、どのような同期現象が見られるのか、どのような介入がより良好な状態を実現するのかを解明します。