子どもたちがそれぞれの豊かさを発見する
「わたしたちのウェルビーイングカード」
日常生活の中で、私たちはどんなときにウェルビーイングであるのか、必ずしもすぐに答えられるわけではありません。NTTの研究所では、自身のウェルビーイングに意識を向けるきっかけを提供するツールとして、「わたしたちのウェルビーイングカード」を制作しました。そして、子どもたちを対象にカードを使ったワークショップや授業を開催しました。子どもたちが、自分自身や友達の価値観に気が付き、思いを馳せる様子をレポートします。
コロナ禍がそれぞれのウェルビーイングを
見つめ直すきっかけに
ウェルビーイング(Wellbeing)とは、心身がいきいきとしていて、周囲との関係が良好な状態であることを示す概念です。NTTの研究所では以前よりウェルビーイングに関する研究を進めており、日本的なウェルビーイングを促進するプロジェクトなどにも参画してきました[*1]。
このプロジェクトでは、日本の大学生にアンケートを実施。自分がウェルビーイングを感じる要因を3つ挙げてもらいました。その結果、要因は4つのカテゴリーに分かれました。自分に関する「I」、家族や友人など身近な人に関する「WE」、社会やより広い他人に関わる「SOCIETY」、そして世界や自然などより大きなものに関する「UNIVERSE」です。このアンケートでは、「I」の要因を2つ、「WE」の要因を1つ答える学生が一番多いという結果になりました。
2019年末からのコロナ禍は、私たちの生活様式に変化をもたらすとともに、自身のウェルビーイングを見つめ直すきっかけにもなりました。もちろん、誰もがウェルビーイングについて考えることになじみがあるわけではありません。そこで、NTTの研究所では、先ほどのウェルビーイングの4つの要因に着目し、自身のウェルビーイングの要因に意識を向けるきっかけとなるツールとして、「わたしたちのウェルビーイングカード」を制作しました(図1)。ウェルビーイングを感じる要因が書かれた27種類のカードで、前述の「I」「WE」「SOCIETY」「UNIVERSE」の4つのカテゴリーに分類されています。例えば、「熱中・没頭」といった要因は「I」、「親しい関係」などの要因は「WE」、「社会貢献」といった要因は「SOCIETY」、「平和」といった要因は「UNIVERSE」となります。
また、高齢化率の高い日本では特に、子どもたちがウェルビーイングについて学ぶ重要性が指摘されています[*2]。ここでは、研究所が参加した、子ども向けのウェルビーイングに関する展示と小学校での授業について紹介します。
[図1]「 わたしたちのウェルビーイングカード」の一部。27種類のウェルビーイングの要因と、「I」「WE」「SOCIETY」「UNIVERSE」のカテゴリーが記載されている。
[*1]「日本的 Wellbeingを促進する情報技術のためのガイドラインの策定と普及」 http://wellbeing-technology.jp/
[*2] 子供・若者育成支援推進大綱 https://www8.cao.go.jp/youth/wakugumi.html
「わたしたちのウェルビーイングカード」を
使った子ども向けの展示@ICC
2021年夏にNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で行われた「ICC キッズ・プログラム 2021『チューンナップ じぶんをととのえる』」展では、《「わたしたちのウェルビーイング」未来の日記》と題した展示が行われました(写真1)。この展示では、来場者はまず展示台からカードを3枚引きます。ただし、裏面はトランプのようにデザインが統一されているため、ランダムに3枚選ばれることになります。カードを引いた来場者は、カードの表に書かれているウェルビーイングの要因が、自分にとってどんなときに生じるのか具体的な状況を想像し、それらを意識して一日を過ごします。
例として、会場で流れていた説明映像の紹介をしましょう。ある男性が3枚のカードを引きます。選ばれたカードは「自然とのつながり(UNIVERSE)」「親しい関係(WE)」「達成(I)」でした。そこで彼は、まずよく行く公園の木陰で休憩。「そういえば、これは『自然とのつながり』だよね」と気が付きます。また、友人とアイスを分け合います。「これは、『親しい関係』だな」と感じます。そして、仕事が一段落。「これは『達成』だ」と実感します。つまりカードを引くことが、日常生活にある自分にとってのウェルビーイングを意識するきっかけとなるわけです。言い換えるならば、カードがウェルビーイングを発見する補助線となっているのです。
なお、会場ではワークショップも行われました[*3]。片面に何も書かれていない「ブランクカード」を用意し、引いたカードウェルビーイングの要因に関して、自分が感じたことや考えたこと、過去のエピソードなどを自由に書いてもらい、オリジナルのウェルビーイングカードを作りました。
写真1 ICC で展示された《「わたしたちのウェルビーイング」未来の日記》の様子。「わたしたちのウェルビーイングカード」を使った展示やワークショップを実施した。参加者からは自分のウェルビーイングへの気付きに加え、友だちや家族のウェルビーイングへの理解が進んだとの声が聞かれた。
[*3]《「わたしたちのウェルビーイング」未来の日記》ワークショップ レポート
https://www.ntticc.or.jp/ja/channel-icc/blog/2021/09/workshop-find-your-wellbeing-by-icc-staff-report/
親子の対話の中で
ウェルビーイングを発見する
来場者の多くは親子連れでしたが、中には小学校高学年の子どもだけで訪れるグループもいました。来場者は、引いたカードを見て、「私にぴったり」と喜んだり、「考えたこともなかった」と感想を述べていました。特に大人は、おみくじやタロットカードのような感覚でカードを引く人もいました。偶然引いたカードが、その日のウェルビーイングを考えるきっかけになるという仕組みに対し、「朝のテレビ番組の占いのようです」という感想もありました。
オリジナルのカードを書くワークショップには、子どもたちも積極的に参加していました。具体的なアウトプットがあるとモチベーションになるようです。カードを見せあいながら会話をしていた母親からは、「この子がこんなふうに世の中を見ているんだということがわかり、興味深かった」というコメントもありました。ほかにも、想像を超えるような言葉から、子どもの知らなかった一面が見えたという意見が多くありました。例えば、以下のような言葉があったり、「思いやり」というウェルビーイングの要因に対してアンパンマンの絵を描いた女の子もいました。
「感謝」:命をくれたこと(小学校1年生)
「平和」:みんなが平等であること(小学校3年生)
「時間を超えたつながり」:おばあちゃんのお手玉で子どもが遊ぶ様子(母親)
まさに、カードが普段は気が付かないウェルビーイングを可視化するツールとして機能していたと考えられます。さらにそれだけでなく、来場者に普段とは異なる親子のコミュニケーションが生まれていました。
なお、この「わたしたちのウェルビーイングカード」は、オンラインでも公開中です。Web サイトにアクセスすれば、ICC での展示のように3枚のカードを選び、それを見て日常のウェルビーイングについて思いを巡らすということが可能となっています(図2)。
[図2] 「わたしたちのウェルビーイングカード」ICC キッズ・プログラム 2021版のWebサイト。ウェルビーイングカードを3枚引いて、自分の生活の中でそれを意識するワークショップを実践できる。https://hyper.ntticc.or.jp/kids2021/ourwellbeingcards/
「わたしたちのウェルビーイング」が
満たされる休日のデザイン
このウェルビーイングカードは、東京都中野区にある新渡戸文化小学校の5年生の授業でも活用されました[*4]。こちらで使用したカードは、ICC版とは仕様が異なり、「緊張からの解放」といったウェルビーイングの要因が記載された面と反対の面に、「失敗せずにうまくできてよかった」といった具体的な状況がイラストと共に描かれています。参加した小学生は、具体例を手掛かりに自分がウェルビーイングを感じるときのカードを3枚選びます。
授業では、子どもたちは5人ずつのグループになります。まず、各自が選んだ3枚のカードをグループ内で共有します。お互いのウェルビーイングを紹介し合うのですが、このとき、自分と同じ、違うというだけでなく、それぞれの言葉に耳を傾け合うことが重要です。次に、グループのメンバーが選んだ合計15のウェルビーイングができるだけ満たされるような、2泊3日の旅行を計画するというワーク「ウェルビーイングな休日~2泊3日の旅~」を行います。実現可能性は考えずに、自由に計画を立ててもらいます。
ワークの内容を子どもたちに説明するために用意したサンプルは以下のようなものです。まず1日目はみんなで富士山に登ります。ここで「友達と一緒に過ごすことが楽しい」とか「自然との一体感が感じられる」といったウェルビーイングが満たされます。1つのイベントで、それぞれの人のウェルビーイングが各自のやり方で満たされます。そして2日目は、ロケットで月に向かいます。ここでは「新しいことにチャレンジするとワクワクする」とか「命の大切さを感じる」といったウェルビーイングが満たされます。
子どもたちも、このサンプルに負けず劣らず楽しい旅行計画を考えました(写真2)。どうやったら、自分のウェルビーイングだけでなく、同時に友だちのウェルビーイングが満たされるのか、「わたしたちのウェルビーイング」を懸命に考える子どもたちの姿が見られました。想像力豊かな旅行計画が模造紙に描かれ、該当するウェルビーイングカードを貼り付けて完成です。
参加した小学生の感想として多かったのは、シンプルに「楽しかった」「もう一度やりたい」という声です。「自分にとってのウェルビーイングに気付いた」という感想のほか、「友だちが幸せだと思っていることが分かり、より深く理解できた」や「同じところや違うところがあることが分かった」という感想もありました。
ウェルビーイングという言葉は、まだ私たちにとってなじみがあるものではありません。自分にとってのウェルビーイングをすぐ言葉にすることも難しいでしょう。しかし、選択肢がカードとして、実際に手元で操作できるものとしてあることで、それをきっかけに自分の体験や記憶が浮かび上がります。カードを並べる行為が、心の引き出しからウェルビーイングを“検索” するきっかけとなっているともいえます。さらに、それがうまくいくためには、カードに書いてある要因は、具体的過ぎずかつ想像力を刺激する、適切な抽象度が必要になりますが、今回使用したカードはそれが適度なバランスであったのかもしれません。
[写真2] 新渡戸文化小学校で実施された「わたしたちのウェルビーイングカード」を使った授業の様子。お互いのウェルビーイングの要因を尊重しながら、オリジナルのストーリーが生まれていった。
[*4] 分身ロボット「OriHime」とNTT研究所による小学校におけるウェルビーイング授業の実施について(2021年6月17日)
https://group.ntt/jp/newsrelease/2021/06/17/210617b.html