グラフィックを活用したワークショップという場づくり

ワークショップを進める上で重要な場づくり。“よい場”を作ることができれば参加者も話しやすくなり、進行もスムーズになります。グラフィックを活用したファシリテーターとして活動している出村沙代氏に、活気のある場をつくるポイントなどを聞きました。

出村 沙代

出村 沙代
Sayo Demura

株式会社たがやす取締役。北海道大学非常勤講師。ビジュアルプラクティショナー。心理的安全、本音で話せる、対話の場づくりを実践&探求&仕事とする。北極海航海に二度乗船するほど海が好き。二児の母であり一家の大黒柱担当。一人ひとりがウェルビーイングでいられる未来のためにできることを軸に実践中。

オンラインを併用した半年間にわたるプログラム

—現在取り組んでいることを教えてください。

出村:北海道大学のプロジェクトの一環として、ウェルビーイングに関するワークショップのプログラムを進めています。私はもともと、グラフィックファシリテーションを利用した活動をしていて、研究開発や人材育成、そして医療など、さまざまな分野に関わってきました。そういった経験を通して、場づくりの重要性を認識するようになりました。

現在行っているプログラムは半年にわたるもので、これまでブラッシュアップしながらすでに3回実施しています。また、オンラインとオフラインを組み合わせているのも特徴です。最近はオンラインの比重が大きいですが、対面でのワークショップも行っています(図1)

[図1]出村氏によるグラフィックレコードの例
ワークショップ

[図1] 出村氏によるグラフィックレコードの例。ワークショップは、口頭で対話しながら、並行してどんどんグラフィックを描いていくスタイルで進められる。オンラインの場合は、グラフィックを共有できるアプリケーションも利用する。グラフィック:田中友美乃


—ワークショップはどんな方が参加しているのですか?

出村:直近のプログラムの参加者は27名でした。先ほど話したように北海道大学のプロジェクトなのですが、大学生はそのうち3名のみで、それ以外は20代から60代までさまざまです。多様な人たちが参加してくれています。

—ワークショップ全体の流れを教えてください。

出村:全5回で構成されています(図2)。まず1回目は、対話の手法としての「ワールドカフェ」。ここで参加者は、今回のプログラムを見渡して考える自分の問いを設定します。いわば自分のコンパスを持って、方向を確認するわけです。2回目には自分の現在地を認識し、「地図」を作ります。具体的には、自分にとってのウェルビーイングな要素を3つ挙げます。

[図2] 北海道大学で行っているウェルビーイングに関するワークショップ「北海道大学Well-beingコンパスプロジェクト」全5回のプログラム

[図2] 北海道大学で行っているウェルビーイングに関するワークショップ「北海道大学Well-beingコンパスプロジェクト」全5回のプログラム。ワールドカフェ→地図→ストーリーテリング→シナリオプランニグ→ 統合、で構成される。グラフィック:出村沙代

3回目は「ストーリーテリング」。ここでは、ウェルビーイングを研究してワークショップなどを実践されている方の話を聞き、それを参考にして自分なりの歩き方、地図の使い方を考えます。4回目は「シナリオプランニング」。“わたしたち” でビジョンを共有し、生み出したい未来を描きます。

最後の5回目に「統合」があります。ここではワークショップで気付いたことや考えたことを、日常に持ち帰るためにインテグレーションをするわけです。自分が属するコミュニティに生かすための橋をかける回と言えます。

ファシリテーションのポイント①
まずは「呼びかけ」が重要

—ファシリテーションに関して、重要視していることは何でしょうか?

出村:ワークショップが始まる前になりますが、まず気を付けているのは参加者募集、つまり呼びかけの仕方です。以前、呼びかけが明確でなかったため集まった人たちの中で対話が進まず、うまくいかなかったことがありました。参加者には、知識を得たい人、ウェルビーイングを高めたい人、新規事業を立ち上げたい人など、多様なニーズの方が集まります。さまざまな人がいることは一見よいことのように聞こえますが、あまりにもバラバラだと、話したい中身にたどり着くまでに時間がかかってしまいます。そこで、限られた時間とリソースの中でも、より本質的な内容に踏み込めるように、募集の際に「対話を重視します」ということを強調するようにしました。あと、自分自身が働きかけをしたい場があるということも呼びかけに含めています。一方向に知識を得る講演会なら問題ないのですが、ワークショップの場合は双方向のコミュニケーションが発生します。呼びかけの言葉に思いの重なった人が集まると、スムーズに進行します。呼びかけの工夫は、よい場に来てもらう心構え、「心理的デザイン」と言えます。

—オンラインの場合、難しさはありませんか?

出村:オンラインであることは、実はワークショップではメリットもあります。各自が自分の心地よい空間から参加できるので、リラックスできるんです。実際オンラインでのワークショップのときは、「飲み物やお菓子を食べながら参加してください」と呼びかけています。

オフラインでのワークショップの場合にも、会場の一角にお菓子コーナーを作ります。これは意外に大事な空間で、一番話が盛り上がる場所だったりします。こちらは、いわば場づくりのための「空間のデザイン」ですね。

ファシリテーションのポイント②
安心感を生み出す「グラウンドルール」

—ほかに重要視していることはありますか?

出村:私の場合、グラウンドルールはみんなで作るようにしています。全員に1つずつルールを出してもらうという方法です。そうすることで、自分がその場にどう関わりたいかを自覚し、どう接してほしいかをリクエストする練習になるんですね。 さらにそれを全員で共有するので、参加者の安心感も増します。

安心感といえば、「OARR」もポイントです。これは会議などを円滑に進めるためのフレームワークのことで、アウトカム(目的)、アジェンダ(課題)、ロール(役割)、ルールの4つを示します。この4項目を明らかにしておくと、早い段階でワークショップの全体像がイメージできるので、よい場づくりの実践につながります。

—逆に、ワークショップには終わりのデザインのようなものもあるのでしょうか?

出村:いわゆる「チェックアウト」ですね。私は参加者に、ワークショップから何を持ち帰るのかを明らかにしてもらっています。持ち帰るときに、ワークショップを思い出すきっかけ「アンカー」をつくります。これは文字であることが多いのですが、実は絵でも粘土などを使った造形でも、素養があるのなら音楽でもいいと思います。日常に持ち帰ることで、自分がやりたいことにつなげていくわけです。

ワークショップにおけるグラフィックのメリット

—出村さんのワークショップでは、グラフィックという要素が大きな意味を持っていますね。

出村:はい。最初にも話しましたが、グラフィックファシリテーションという手法でワークショップを進めています。ちなみにグラフィックを使って記録することをグラフィックレコーディングと呼びますが、私の場合は対話とグラフィックの両方を合わせて場づくりに生かしています。

具体的には、参加者が話したことを、私が絵を交えて模造紙などにどんどん描いていきます。オンラインの場合は、ソフトウエアを使って描きます。内容を可視化し共有するわけですね。すると何が起きるか。話している人は、自分のメッセージが受け止めてもらっていることを目の前で見ることができるようになり、あまり話せなかった人でもどんどん話すようになります。

—活発な議論が起こりそうです。

出村:しかも、ほかの参加者が絵や文字をさらに書き込んだりします(写真1)。複数の参加者たちが反応し合い、つながりが生まれます。そこから、各自が悩んでいることの解決の糸口が見えてくることもあります。

特にオフラインの場合、グラッフィックを使ったファシリテーションは、自然と身体性を伴ったものになるというメリットもあります。絵を描いている動きが、会場の一体感を生み出すということです。すると、さらに発言をためらうことがなくなり、対話や議論が活発化します。

—グラフィックが場を活性化するわけですね。

出村:グラフィックをワークショップという場づくりに活用すると、進行もスピーディになります。また複数回行われるワークショップの場合は、グラフィックによるログがあれば、途中参加する人の参考にもなります。そして、先ほど話したようなチェックアウトの際のまとめでも役立ちます。グラフィックには思っている以上のポテンシャルがあるということを、私もワークショップを通じて実感しています。

[写真1] 出村さんがその場で描いたグラフィックに、さらに参加者が絵や文字を書き加える

[写真1] 出村さんがその場で描いたグラフィックに、さらに参加者が絵や文字を書き加える。参加者同士が反応し合うことで、そこから課題解決の糸口が見つかることも。

一人ひとりのウェルビーイングを起点にした“場づくり”のエッセンス

出村氏によるグラフィックファシリテーションのお話は、ワークショップに限らず、多様な場面で活用できる、ウェルビーイングな場づくりのエッセンスがちりばめられていました。そこで、ウェルビーイングを起点にした場づくりの要因を探る会が開催され、出村氏に加え、福井県立大学地域経済研究所の高野 翔氏(ふるえVol.40)、地域コミュニティの専門家の坂倉杏介氏(ふるえVol.34)、本誌編集長の渡邊淳司が集まって検討し、エッセンスをまとめてみました。その表現は、直感的にわかりやすくするため“建物” に例えています。

1:グラウンドルール

文字どおり「土台」となる、その場のルールのこと。このルールを参加者みんなでつくること、場のルールはつくれるということを実感できること。

2:チェックイン/チェックアウト

今の自分の感情へのアクセス、自分をひらく。日常と非日常の橋渡し役であり、対話の場に出入りするときの手続きや作法のようなもの。建物で言えば「玄関」。

3:関わり方のグラデーション

参加しない自由や寛容さを担保する。参加の度合いは人それぞれで構わない。ワークショップにおけるお菓子ゾーンが象徴的。心理的安全性の器。余白。建物でいえば「縁側」。

4:分かち合う対話

私の中の多様性の理解から、私とあなたの違いを理解し受け入れる。わかり合えなくても分かち合う。リラックスしながらほかの人と話したり傾聴したりできる「リビング」のような居場所。

5:相互エンパワーメント

場で得たものと自分を統合したり、人同士が互いに応援・刺激し合うこと。それにより各自の潜在能力が引き出される。いわば建物の外側へ広がった「舞台」。

この5つのエッセンスを生かすことで生まれ得るウェルビーイングな場は、学校や地域のコミュニティ、会社組織など、さまざまです。ぜひそれぞれの場で活用方法を考えてみてください。

高野 翔
福井県立大学地域経済研究所 准教授。ウェルビーイング学会理事。ふくまち大学 まちの学長。2014-2017年、ブータン王国にて人々の幸せを国是とするGross National Happiness(GNH)を軸とした国づくりに協力。ふるえVol.40にてインタビュー。
坂倉杏介
東京都市大学都市生活学部 准教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授。おやまちリビングラボ代表、三田の家LLP 代表、世田谷コミュニティ財団アドバイザー。ふるえVol.34にてインタビュー。


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