“今、ここ”の自分に立ち返るツール
能登半島地震でのメンタルケアに「わたしたちのウェルビーイングカード」を利用
ウェルビーイングカードを使った研修を受ける先生方の様子。
平 真由子 Mayuko Taira
金沢工業大学基礎教育部教職課程 准教授。公立中学校教員を経て現職。スポーツメンタルトレーニング指導士。専門は、教育心理学、道徳教育、スポーツ心理学、メンタルトレーニング、コーチング、中等教育。NTT社会情報研究所と共同研究を行う。
能登半島地震では、特に奥能登と呼ばれる地域に甚大な被害が発生しました。平 真由子さんは石川県出身で、親戚も被災されたと言います。
「私はメンタルケアに関する知識とスキルがあったので感情をコントロールできたのですが、家族がとても混乱しているのを目の当たりにして、被災者の方々にも早い段階でメンタルケアに関する知識やスキルを提供するのが大切ではないかと思いました。また当日に、東日本大震災で被災された経験を持つ教育関係者の方から連絡があり、『頑張りすぎない』ことを学校の先生方に伝えてほしいと言われました」
東日本大震災のときに東北では、先生方が頑張り続けた結果、心を病んでしまったり、長くトラウマを抱えてしまったケースもあったようです。自らも被災者でありながら、生徒を支えなければならない先生たちに対するケアの大切さが伝わってきたと言います。
「どんな要望があるか分からないけれど、メンタルケアについて私の持っている知識をもとに、研修ができるように準備をしようと思ったのが、1月2日の夜でした」
そのとき、NTTの研究所と共同研究を行っており、「わたしたちのウェルビーイングカード」を使ったワークを実施して効果を深く理解していた平さんは、能登の先生方向けにカードを使った研修プログラムを準備しました。そして、誰にでもできるメンタルケアの方法を5つまとめ、SNSなどを使って発信しました。それが広まっていく中で、1月8日、ある中学校の校長先生から「急ですが、2日後に、教員向けの研修に来てもらえないか」と依頼があったのです。
しかし、先生方自身も被災者で、自宅が倒壊した方もいる中、避難所でリーダーシップを取ったり、24時間体制で生徒の面倒を見ている状況です。平さんは、そんな状況で研修を行うことに不安があったといいます。
「電気も水も通じていない状況の方もいる中、物資を届けたり、物質的な援助をすることが大事な時期でした。一方で、私が提供できるのは成果がすぐに見えるものではありません。ただ、メンタルケアの対応は早ければ早いほうがいいという確信はありました」
研修ではまず、「ストレス反応」が起こることは当たり前であり、それは個人差があることを伝えました。そして、心身のリラクゼーションのエクセサイズをします。その後、カードを使ったプログラムを行いました。あえてウェルビーイングという言葉ではなく「心地よい」「安心する」といった言葉を使い、それらを感じる要素を選んで、その理由と共にグループ内で共有しました。普段は3つ選ぶところを1つでもいいと、心理的負担を減らすように心がけたそうです。
参加された先生方からは「震災後、自分と向き合う時間が取れない中、同僚の先生と自身が大事にしていることを振り返り、共有していくことで、だんだんと気持ちが落ち着いてくることに気がつきました」といった感想がありました。そして、研修後には、参加された先生方が主体となって生徒に向けてワークを行ったそうです。
「研修の中で笑顔も見られたりして、やってよかったという気持ちになりました。こんな状況ではありますが、むしろこんな状況だからこそ、“今、ここ”の自分に立ち返る時間を持ち、ウェルビーイングやしんどさをお互いに共有することが大切なのだと思います」と、平さんは振り返りました。