Home / 小学生が自分ではない人の気持ちを想像するための資質や能力を育む

「わたしたちのウェルビーイングカード」が高齢者の気持ちを考えるきっかけに

小学生が
自分ではない人の
気持ちを想像するための
資質や能力を育む

東京都西多摩地域にある日の出町では「高齢者にやさしい地域づくり」が推進されています。その一環として、日の出町立本宿小学校では、6年生の「総合的な学習の時間」で、高齢者に関する授業が行われました。授業では、高齢者看護を研究する東京大学の五十嵐 歩准教授らが開発した認知症のある人への対応について学ぶツール「N-improニンプロ」のほか、NTTが開発した「わたしたちのウェルビーイングカード」も使われました。どのように活用され、どんな手応えが感じられたのか、実施された先生方に話を伺いました。

日の出町立本宿小学校の宮澤信周副校長、小泉千恵先生、藤田義房先生(左から)

日の出町立本宿小学校の宮澤信周副校長、小泉千恵先生、藤田義房先生(左から)。

高齢者と共に生きる地域づくり

—高齢者の生き方や認知症ケアに関する授業を実施することになった背景を教えてください。

副校長 宮澤信周先生(以下、宮澤):6年生の「総合的な学習の時間」の時間数は、学習指導要領に年間70時間と示されていますが、目標や内容は学習指導要領を踏まえて各学校で定めています。本校では日光移動教室や情報・自己の生き方に関する学習のほか、「自分たちが暮らしている日の出町のことをもっと知ろう」ということをテーマに設定しています。その一環で2023年10月から、高齢者理解教育プログラム「共に生きる~高齢者が暮らしやすいまちを目指して~」の授業を全8回(14コマ)で実施しました(図)。

日の出町は高齢者が多く暮らしていて、福祉施策に注力していることもあり、そこにフォーカスしたわけです。また、日の出町と東京大学が「高齢者にやさしい地域づくり」の取り組みに関する連携を開始したこともあり、五十嵐 歩先生をはじめとする東京大学の皆さんと授業内容を一緒に考えていくことができました。本校ではこれまでも、国の施策として推進されている「認知症サポーター養成講座」の子ども版の授業を実施してきましたが、高齢者に特化して掘り下げられたのは、大学と連携できたからこそだと思います。

「高齢者理解教育プログラム」の内容

「高齢者理解教育プログラム」の内容

[図] 高齢者理解教育プログラム「共に生きる~高齢者が暮らしやすいまちを目指して~」の全8回の授業内容。高齢者や地域を理解するための授業が実施された。

—授業では、「わたしたちのウェルビーイングカード」も使われたそうですが、どのように活用されたのですか?

藤田義房先生(以下、藤田):まず、私たち教員がウェルビーイングカードの使い方について学びました。子どもたちは総合的な学習の時間や道徳の授業で高齢者の認知症について学び、その後、「高齢者理解教育プログラム」の授業を受けました。2回目の授業で、認知症の高齢女性「静江さん」が、周囲の人と試行錯誤しながらコミュニケーションを取り生きていくドラマ教材を視聴し、3回目で静江さんが大切にしたい生き方・生活を意識しながら、「その実現のために自分たちができること」を、カードを用いて考えました。

私が担任する6年1組では、1人2枚のカードを選び、選んだ理由を発表しながら、似ているものをグルーピングしました。静江さんの大切にしたいことについては、「自分の気持ちに寄り添ってほしい」「理解してほしい」といった意見が多くありました(写真1)。

写真1

[写真1] 子どもたちは、「わたしたちのウェルビーイングカード」を使ってドラマ教材の高齢者が大切にしたいことについて考えた。
〈例〉
自分で決める( I ):自分のことは自分で選びたい
価値観の理解(WE):自分の思いを否定しないで聞いてほしい

小泉千恵先生(以下、小泉):私のクラス6年2組では、まず付せんにカードの項目を書いてから、それを元にグルーピングをしました(写真2)。「静江さんの願いを実現するためには何ができるか」を考えた結果、「安心して生活する」「周りの人に流されない」などにまとまりました。カードを元にいろいろ考えていくことができて、議論の終着点が見つけやすかったですね。

写真2

[写真2] 小泉先生のクラスでは、ウェルビーイングカードの要因を付せんに書いて、静江さんの願いに合わせて貼り付けてグルーピングしていった。

学級活動や移動教室でも活用

—カードを授業でうまく活用するために、工夫をされたことはありましたか?

藤田:子どもたちがカードに親しめるように、今回のプログラムの授業以外の学級活動でも少しずつ導入しました。例えば、係決めのときに「自分が係をするときに大事にしたいこと」をカードに基づいて考えて、それぞれに発言してもらい、まとめて班ごとに掲示しました。また、5年生に向けて発表する、日光移動教室の振り返りにも利用しました。発表するときに「何を大切にして発表するか」を意識させたところ、子どもたちは「達成」「成長」「自分らしさ」といったカードを選び、発表していました。移動教室の振り返り自体はこれまでもやってきましたが、カードがあることで「活動の意義」を意識することができたと思います。

小泉:2組でもまず、学級活動で使いました。「6年2組のウェルビーイング」を考えてもらったのです(写真3)。6年2組がウェルビーイングなクラスであるための、「私の大事なこと、みんなの大事なこと」について、各自1枚カードを選んで、その理由を書かせました。これも教室内に掲示しています。また、移動教室については1組とは逆で、行く前に活用しました。行動班や生活班で「何を大事にしたらいいか」という行動目標を決めるときに使ったのです。子どもたちに目標を意識させるにはとても有効だったと思います。

道徳の授業の教材『手品師』でも使いました。子どもたちにとって自分のウェルビーイングは考えやすいものですが、教材の中で「手品師は何を大切にしていたのだろう」と、「他者のウェルビーイング」を意識してカードを使いながら授業を進めました。ここで他者理解について学んだあと、プログラムの「静江さん」の話につなげていきました。

写真3

[写真3] 子どもたちがウェルビーイングカードに慣れるために、係活動などの学級活動で使用した。教室の掲示板にはカードを使って考えた「クラスのウェルビーイング」が貼り出してある。

—「高齢者理解教育プログラム」においてカードを使う意義はどこにあると思われますか?

小泉:自分の言葉で表すのは難しいけれど、カードがあることによって「自分の気持ちはこれよりこっちかも」と、発想の手助けになっていると感じました。当初はカードにある言葉の理解が難しいのではないかと思っていましたが、意外にすんなり飲み込めたようです。カードの言葉は抽象的な分、汎用性があり、ほかの授業や「今日の振り返り」など、広く活用できると思います。

藤田:「自分はこれを大事にしている。なぜなら……」と、子どもの発言のとっかかりになったり、「言いたいけれど言葉にならない、表現できない」という子が、カードを活用することで言葉にすることができるようになったりと、授業での効果は絶大です。実は当初、子ども同士が同じカードを出しても、考えていることがまったく違っていたらどうしようという心配がありましたが、むしろ違いがあることが面白かったと思います。

高齢者に主体的に関わる態度を醸成

—授業を終えた今、全体的な感想や児童の変化、手応えなどを教えてください。

小泉:ウェルビーイングやその際に何が大切かを考えることで、その人の願いを叶えるために何ができるのか、直接自分ではできなかったとしても「それができる大人に助けてもらう」といった考え方ができるようになったと思います。「何とかしたい」という気持ちが持てるようになったと言えますね。高齢者の課題を自分のこととして捉え、身近な人のことについて理解する。そんな考え方が子どもたちに根付いた、意味のある学習だったと感じています。

藤田:高齢者が「こういうことで困っているのではないか」「こうかもしれない」と予想して、声がけができるようになりました。「見ているだけではいけない」ということに、子どもたち自身が気付くようになったと思います。これまでは「お年寄りには優しくするんだよ」と外から言われていましたが、「なぜそうしなくてはならないのか」という理由から考えるようになったので、「やらされている」という感覚が減ったと感じます。

宮澤:ウェルビーイングの視点を持ちながら日常を過ごせるようになったことで、子どもたちが、相手の気持ち、自分ではない人の気持ちを考えることができるようになってきたと思います。実際、高齢者と出会ったときに、これまでと「思うこと」がまるで違ってきているようです。「困っていそうな人がいたからこうしてきた!」と担任にうれしそうに報告したり、高齢者とすれ違うときに自転車のスピードを落としたりする子も出てきています。

今後もこの「相手を思いやる」軸をぶらさずに、子どもたちに提示する言葉や方法を発達段階に合わせていこうと思います。そうすることで、子どもたちに伝わりやすく、その学年相応の行動変容につながるのではないかと考えています。

N-improニンプロカード」と「わたしたちのウェルビーイングカード」

東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻高齢者在宅長期ケア看護学分野 五十嵐 歩 准教授

私たちは、高齢者がどのような場所にいても必要な支援を受けながら自分らしく幸せに暮らしていけるよう、地域の中で包括的に高齢者の生活を支援するシステムづくりに関する研究をしています。中でも認知症のある人が暮らしやすい地域づくりを実現するために、人格形成の重要な時期である児童期に、学校教育の中で啓発・実践できないかと考えました。日の出町の小学校の先生方と一緒に、児童が、認知症のある人を含む高齢者の生活や課題について考え、行動できることを目指した授業の設計に取り組みました。ツールとして使用したのは、「静江さん」のドラマ教材、「N-improカード」、そして「わたしたちのウェルビーイングカード」の3つです。

N-improカードは、認知症かもしれない方と出会ったときに対応に迷う状況について、意見交換をしながら考えるカードゲームで、5〜7人の班を作って行います。なお、小学校での活用に際して、小学生版へ改変しました。カードには、「あなたは小学生」という立場と、高齢者の状況説明、それに対する問い、問いに対する「イエス」「ノー」の回答が書かれていて、子どもたちは自分ならどちらを選ぶか選択し、その理由を発言して話し合います。

目の前の高齢者に困った状況が生じているときに、「心配だから声をかける」「私は、声はかけられないけど家族にすぐに知らせる」など、さまざまな考えが出てきます。小学校の授業の中で活用することで、子どもたちは意見交換しながら、自分とは異なる多様な考え方を学べました。最後の授業では、子どもたちが各自で作成した「日の出 N-impro」をグループ内で発表しました。

本宿小学校の子どもたちは、相手の意見が自分と異なる場面でも、相手の意見に耳を傾け、それに対する意見を述べることができており、各ツールを組み合わせての学習効果があったと感じました。

写真3

子どもたちが考えた、高齢者が困っている状況が書かれた「日の出 N-impro」。下部にはそれに対する問いと、YesかNoかの選択肢が記載されている。


Copyright © NTT