触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌 ふるえ Vol.52
Sustainable Well-being
ウェルビーイング・コンピテンシー
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ウェルビーイングに生きる資質/能力は育むことができる
ウェルビーイング・コンピテンシーのモデルを提案
渡邊淳司(日本電信電話株式会社 上席特別研究員)
教育におけるウェルビーイングとその学び
ウェルビーイングは、今や幅広い分野で使われている概念ですが、例えば、第4期 教育振興基本計画(2023年)では、以下のように記されています。
● 身体的・精神的・社会的に良い状態にあること。
● 短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義などの将来にわたる持続的な幸福を含む概念。
● 多様な個人がそれぞれ幸せや生きがいを感じるとともに、個人を取り巻く場や地域、社会が幸せや豊かさを感じられる良い状態にあることも含む包括的な概念。
ウェルビーイングとは、身体・精神・人とのつながりなどのさまざまな側面を含む、その人それぞれのよく生きるあり方です。それは一瞬の快楽だけではなく、生きがいや人生の意義といった時間幅を持つもの、さらには、自分だけではなく周囲の人々との間で、包括的な視点を持って実現されるものです。
そして、「ウェルビーイングを学ぶ」とは、生徒が自らのよく生きるあり方を、長期的な視点で捉える視野を持ち、それを周囲の生徒や先生、家族や地域社会の人々と、お互いのウェルビーイングを尊重しながら、主体的に実現する資質/能力を身に付けることだと言えるでしょう。ここでは、その資質/能力を「ウェルビーイング・コンピテンシー」と呼びます。
ウェルビーイング・コンピテンシー(Well-being Competency)
多様な人々とともに、ウェルビーイングに生きるための実践的資質/能力。「現在、どれくらいよい状態なのか」という心身の状態ではなく、生活の中のさまざまな場面において、自身にとってよいあり方を、自己との関わりや周囲との関係性の中で、持続的に実践できる実現力や対応力をさす。ウェルビーイング・コンピテンシーの詳細については、「NTT社会情報研究所 Social Well-being研究サイト」をご参照ください。
では、ウェルビーイング・コンピテンシーの学習は、学校生活の中にどのように取り込めるのでしょうか。このとき重要なことは、第1に、自身のよく生きるあり方(=ウェルビーイング)を実現する資質/能力は、教育活動を通して育むことができるというウェルビーイングに関する「教育観」です。さらに、第2、第3として、学びを具体化するために参照される「モデル」と、生徒自身や先生が資質/能力の獲得や向上を把握するための「基準」が必要になります。
ウェルビーイング・コンピテンシーを育むためのモデル
ここからは、NTT社会情報研究所Well-being研究プロジェクトと金沢工業大学 基礎教育部教職課程 平 真由子准教授が協働する中で構築した「ウェルビーイング・コンピテンシー モデル」と、そのコンピテンシーを把握する基準となる「ウェルビーイング・コンピテンシー マトリクス」について述べていきます。ただし、ここでのモデルとは、具体的な授業設計などで参照される概念の枠組みのことをさします。
これまでNTTの研究所では、ウェルビーイングの要因について、関係性の範囲に関する以下の4つのカテゴリーから議論や実践を行ってきました(ふるえVol.44参照)。
I:自分の気持ちや行動に関する要因
WE:近しい人との関わりに関する要因
SOCIETY:社会との関わりに関する要因
UNIVERSE:自然や世界など大きなものとのつながりに関する要因。
「ウェルビーイング・コンピテンシーモデル(NTT-KIT 2024年度版)」では「I」「WE」「SOCIETY」の各カテゴリーに対して認知・感情・行動の3つの視点から、「UNIVERSE」に対しては1つの視点から、合計10のコンピテンシーを設定しています(図)。
ウェルビーイング・コンピテンシー モデル(NTT-KIT 2024年度版)
[図] このモデルでは、「I」「WE」「SOCIETY」「UNIVERSE」の4つのカテゴリーに対して、合計10のコンピテンシーを設定している。
例えば、「I」のカテゴリーでは、認知の視点から「自己の探求・理解」、感情の視点から「自己の受容・尊重」、行動の視点から「自己の調整」というコンピテンシーを設定しています。言い換えると、このモデルでは、自分で自分のウェルビーイングを実現するためには、自分がどんなときに満足を感じるのか、自分自身のニーズについての俯瞰的な認知に関する資質/能力、そして、それをありのまま受け入れて尊重できる感情に関する資質/能力、さらには、自分の心身を調整できる資質/能力が重要であると考える、ということです。そして、「I」のカテゴリーにおいてこれらの資質/能力がバランスよく獲得され、自身に対する自尊心や効力感が高まることで、他者へ向けた「自己開示」が可能になると考えます。
また、「WE」では、「相手の理解」(認知)、「相手の受容・尊重」(感情)、「相手との関係調整」(行動)のコンピテンシーを設定しています。特定の相手との関わりの中でウェルビーイングを実現するには、相手が大切にしていることや相手のニーズを理解し、それを感情的にも受け入れ、相手との関係をうまく調整する資質/能力が重要です。これらがバランスよく獲得され、他者との対話を通したつながりの実感・共感を感じられるようになると、他者との「協働活動」が可能になるでしょう。
「SOCIETY」では、「社会集団の理解」(認知)、「社会集団の受容・尊重」(感情)、「社会集団における関係調整」(行動)のコンピテンシーを設定しています。不特定多数の他者を含む社会の中で、自身のウェルビーイングを尊重しながら、社会集団での役割を担うためには、これらが重要な資質/能力であり、その獲得を通して社会に対する当事者意識が芽生え、「主体的な社会参画」が可能になると考えられます。
最後の「UNIVERSE」では、「地球人的視点の取得と持続可能な未来に向けた行動」と包括的なコンピテンシーを設定しています。
このモデルでは、「I」「WE」「SOCIETY」「UNIVERSE」と、左から右へ向けて関係性の範囲が広がり、それに連れて視点が上がっていくイメージを表しています。また、カテゴリー間は矢印によってつながれていますが、カテゴリーの優劣を表しているのではなく、学ぶ上での順序として「I」から始めることがスムーズではないかという提案です。例えば、中学校では、主に1年生で「I」、2年生で「WE」、3年生で「SOCIETY」についてのコンピテンシーを獲得することをめざすということが考えられます。また、これらは一度学んだら終わりではなく、高校や大学で得られる体験などを基に「I」「WE」「SOCIETY」と学習することで、より深く学べるでしょう。
コンピテンシー獲得の成長段階との関連についても、どのカテゴリーのコンピテンシーが先に獲得・向上されるのかは、それぞれ個人によって異なります。必ずしも、「I」の次に「WE」というように逐次的に獲得されるわけではありません。また、「I」のコンピテンシーが向上することが、「WE」だけでなく「SOCIETY」や「UNIVERSE」のコンピテンシーへと広く影響を与えることや、逆に「WE」のコンピテンシー向上が「I」のコンピテンシー向上へ影響を与えることも考えられます。つまり、コンピテンシーの獲得過程は、個人ごとに異なるとともに、あるコンピテンシーの獲得・向上がその他のコンピテンシー全体へ影響を及ぼす、相互補完的なものであると考えられます。
ウェルビーイング・コンピテンシーを把握するための基準
次に、コンピテンシーを把握するための「ウェルビーイング・コンピテンシー マトリクス(NTT-KIT 2024年度版)」について述べます。ここでは、前述のモデルで設定された10のコンピテンシーそれぞれに対して、態度(コンピテンシー獲得へ向けた姿勢)、知識(コンピテンシーが発揮された状態や効果に対する理解)、技能(コンピテンシーを再現性高く発揮する遂行力)の3つの観点から、基準となる項目を設定しています。そうすることで、自身のウェルビーイングに関するコンピテンシーを体系的に把握できます。
「I」のマトリクスでは、「自己の探求・理解」「自己の受容・尊重」「自己の調整」の3つのコンピテンシーそれぞれに対して、態度・知識・技能の観点から合計9つの項目が示されています(表)。例えば、「自己の探求・理解」の態度の項目は「自分のことに興味がある」、知識は「自分の価値観や特徴を理解している」、技能は「自分の価値観や特徴を説明することができる」となります。そして、これらのコンピテンシーについての質問とその回答を通して、具体的な数値としてコンピテンシーを把握することができます。
同様に「WE」と「SOCIETY」のマトリクスもそれぞれ9つの項目、「UNIVERSE」のマトリクスは3つの項目があります。これらのマトリクスは、例えば学校では、生徒がセルフチェックとして利用して自らの成長目標を設定するという使い方や、クラス、学年、学校の全体の特徴を把握し、効果的な教育活動の設計に役立てるという使い方もできます。
これらのマトリクスは、前述のモデルによって設定された10のウェルビーイング・コンピテンシーを、30の項目から体系的に把握できるようにしたものです。つまり、教育振興基本計画などで示されたウェルビーイングの学びを、具体的にどのように学びの現場で実現すればよいのか、これらのウェルビーイング・コンピテンシーを手がかりに設計できるということです。教育活動がねらうコンピテンシーを明確にして授業を設計することで、それを教員同士、さらには学校の枠組みを超えて共有できるようになります。
ウェルビーイングという抽象的な概念と、具体的な教育活動の間に、中間言語としてウェルビーイング・コンピテンシーを導入することで、先生が教育活動を行いやすくなるだけでなく、生徒自身にとっても学びが意識化され、生徒同士のコミュニケーションを促進し、より主体的かつ協働的な学びが期待できるでしょう。
ウェルビーイング・コンピテンシー マトリクス(NTT-KIT 2024 年度版)
態度 | 知識 | 技能 | ||
---|---|---|---|---|
I-1 自己の探求・理解 | 項目 | 自分のことに興味がある | 自分の価値観や特徴を理解している | 自分の価値観や特徴を説明することができる |
質問例 | 「あなたは、自分のことに興味がありますか?」 | 「あなたは、自分の価値観や特徴を理解していますか?」 | 「あなたは、自分の価値観や特徴を説明することができますか?」 | |
I-2自己の受容・尊重 | 項目 | 自分の存在を大切にしたいと思っている | 自分の価値観や特徴を尊重する意義を理解している | 自分の価値観や特徴を尊重することができる |
質問例 | 「あなたは、ありのままの自分を大切にしたいと思いますか?」 | 「あなたは、自分の価値観や特徴を尊重する大切さを理解していますか?」 | 「あなたは、さまざまな状況で自分の価値観や特徴を大切にしていくことができますか?」 | |
I-3自己の調整 | 項目 | 自分のウェルビーイングを、自分で大切にしたいと思う | 自分のウェルビーイングを実現するためにすべきことを理解している | 自分のウェルビーイングを実現するためにすべきことを自ら実行できる |
質問例 | 「あなたは、自分のウェルビーイングを実現することに興味がありますか?」 | 「あなたは、自分のウェルビーイングを実現するために何が必要か、理解していますか?」 | 「あなたは、自分のウェルビーイングを実現するために必要なことを、普段の生活の中で主体的に実行できますか?」 |
[表] 「I」のカテゴリーにおけるマトリクスの項目とその質問例。これらを含めた10のコンピテンシーそれぞれに対して、態度/知識/技能の3つの観点から項目を設定(合計30項目)。それぞれの項目に関する質問に対して「0:まったくない」「1:あまりない」「2:それなりにある」「3:とてもある」といったかたちで回答することでコンピテンシーが把握できる。
発行日 2024年5月1日
発 行 日本電信電話株式会社
編集長 渡邊淳司(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)
編 集 矢野裕彦(TEXTEDIT)
デザイン 楯まさみ(Side)