触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌 ふるえ Vol.54
Sustainable Well-being
ウェルビーイングな社会に向けた価値のつくり方

投資やクライアントワークといった経済を仲立ちとした関係性。その捉え方はこの先、どのように変化していくのでしょうか。


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社会起業家の冒険に伴走する社会的投資という関わり方

社会課題を解決しながら、社会的インパクトと共に経済的リターンの創出もめざす社会的投資。その手法を使って、地域や社会に変革をもたらすことに挑戦する起業家と資金提供者をつなぎ、伴走支援するNPO法人ARUN Seed代表の功能聡子氏に話を伺いました。
功能聡子

功能聡子
Satoko Kono

特定非営利活動法人 ARUN Seed代表。国際基督教大学、ロンドン政治経済大学院卒。民間企業、アジア学院を経て、1995年より10年間カンボジアに在住。NGO、JICA、世界銀行などの業務を通して、復興・開発支援に携わる。カンボジア人の社会起業家との出会いから社会的投資の必要性と可能性を確信し、2009年にARUNを設立。日本発のグローバルな社会的投資プラットフォーム構築をめざして活動している。

投資を通じて社会を変える仲間になる

—現在のご活動について聞かせてください。

功能聡子(以下、功能):社会的投資を広め実践していくため、2009年にARUNを立ち上げました。「ARUN」には、カンボジア語で「夜明け」という意味があります。夜明けの時間帯が好きなことや、夜明けは、起業家の持つ新しい社会をつくるという希望やエネルギーを象徴していると感じて名付けました。

それ以前、1995年から2005年までの10年間、私はカンボジアで国際協力の仕事に携わっていました。その中で“助ける/助けられる”という一方通行的な関係や、押し付けのような援助、また、援助が終わると元の状態に戻ってしまうような援助のあり方に疑問を感じていました。その頃カンボジアで、自分たちの力を信じ、それを発揮することで社会を変えていこうとする起業家との出会いがあって、ARUNを立ち上げるきっかけになりました。

—そこで社会的投資という方法を選んだのですね。

功能:はい。ビジネスを応援する仕組みを作りたいと検討していたときに、社会的投資が面白いのではないかと考えました。私たちの考える社会的投資とは、お金を出して終わりではありません。投資したあとも、起業家と話し合ったり伴走支援をしながら一緒に事業を作っていきます。対象となる事業はさまざまですが、基本的には人々の貧困や環境の改善など、地域の課題を解決しようとするものです。

従来の「援助」は、計画どおりに進めばよしと考えがちです。しかし、変化し続ける社会に起業家は対応しなければなりません。投資家もその変化に付き合うことで、起業家との関係性が深まりますし、そこに投資をする側のメリットもあると考えています。社会への関わりを一緒に経験すること自体が面白い。伴走しているとびっくりするようなことが起こるのですが、それ自体が興味深いことだと思っています。投資というツールを使って、社会を変えていく仲間になれるというのが、社会的投資の醍醐味とも言えると思います。

資本主義社会で社会を変える方法

—社会的投資の具体的な事例について聞かせてください。

功能:最初のきっかけは、カンボジアのエコロジカル・アグリカルチャーを推進するNGOを母体とした事業でした(写真1)。カンボジアは農業国ですが、収量が非常に低いという問題がありました。生産性を高めるための援助として、肥料や種が配られたりするのですが、それらが配られなくなると、また元に戻ってしまいます。また、灌漑の設備が造られることもあるのですが、地域間で大きな格差が生まれてしまいます。そうした課題に対してNGOが行なったのは、今で言うリジェネラティブ農業(環境再生型農業)のように、農薬や化学肥料を使わずに土地の力を付けていく農法でした。これならインプットが少なくても収量が上がります。私が現地にいる間、10万世帯以上にその農法が広がりました。

また、このNGOのリーダーは単に技術を教えるだけでなく、農民の組合組織をつくり、組織化を上手に行いました。こうして生まれた組合組織と市場をつなぐ接点で、ビジネスの機会と資金のニーズが生まれたため、投資を始めました。それまでは、農民のところに直接バイヤーが来て、農民は市場価格も分からない状態で作物の売買をしていました。しかし活動を始めてから、農家は組合をベースに訓練をして、知識を付けたり、精米後に販売するなど付加価値を乗せて流通させるようになりました。農民もある種の“起業家マインド”を持って取り組むようになりました。

[写真1] カンボジアで活動中の功能さん。エコロジカル・アグリカルチャーを推進するNGOとの出会いが、社会的投資で応援する事業につながった。

[写真1] カンボジアで活動中の功能さん。エコロジカル・アグリカルチャーを推進するNGOとの出会いが、社会的投資で応援する事業につながった。

—この活動の意義はどこにあると考えていますか?

功能:3つの意味で面白いと思っています。1つ目はエコロジカルであること。農薬や化学肥料で土地の力が失われることが明らかになり始めていたので、生態系を考えた農業である点がいいなと思いました。2つ目は、カンボジア人自身がその農法を行い、実際に収量が上がるので、自信を持つようになりました。また、いろいろな所から視察が来たりして、自分たちの農業にプライドを持つようになりました。3つ目は、この活動が経済的な自立につながったことです。自然環境の保全やエンパワーメントも大切ですが、経済的な自立やビジネスの力を持つことも重要です。

カンボジアの場合、長らく続く独裁体制が背景にあり、人権の状況はどんどん悪くなっていました。人権を守るために声を上げるのはもちろん大切なことですが、それだけでは今の暮らしはよくならない。資本主義の下で社会を変えるには、ビジネスの力を付けなければならないと感じていました。持てる者が持たざる者から搾取するビジネスではなく、人々が持っている力を発揮して生きていくために役に立つビジネスであれば、それを応援したいという気持ちがありました。そこに援助以外の方法で、お金を流していくことができないかと、社会的投資を始めたところがあります。すぐには儲けが見えないものに対しても光を当て、ビジネスとしてもうまく回していく、そういった経済性と社会性が両立するかたちをめざしています。

投資のリターンは“冒険に同行する”権利

—直接的・短期的にメリットが見えづらいものに対して投資を集めるにはどうすればいいのでしょうか?

功能:その点については、ずっと試行錯誤を続けています。いろいろとかたちを変えてやってきていますが、現在は、NPO法人として集めた寄付を投資に変える手法がメインです。世界では、いわゆる財団や個人の篤志家がお金を出すだけでなく、企業が、財務としての投資とは別の財布で、非財務的な価値を高める投資としてお金を出す動きが起きています。これは、現在のビジネスの先にある付加的活動、もしくは余ったお金でよいことをするCSRとは異なります。社会の課題解決や、社会を変えたいという思いと行動が先にあって、そこにお金がついてくるという流れです。そこに関わる中でいろいろな価値が生まれるわけですが、その活動に参画し実験する経験や、起業家に近いところで変化を実感できるというのが、社会的投資の大きなメリットです。しかし、まだ日本では根付いていないのが現状です。

—社会課題と投資家をつなぐ仕組みはありますか?

功能:ARUNでは今年、生物多様性をテーマにしたビジネスコンペを行ったのですが、その最優秀企業の取り組みを紹介します(図1)。南アメリカ原産で日本でも観賞用に出回っているランタナという植物があるのですが、世界的には侵略的外来種とされています。インド南部の先住民族が暮らす地域では、森林の4割がランタナに侵食されて植生の破壊が進んだため、ゾウが里に下りて来るようになりました。もともと先住民族はゾウと近い場所で暮らしていたこともあり、ゾウを殺したくはありません。そこで、ランタナを駆除して森を元の姿に戻し、ゾウを森に帰して人々の暮らしを守る、というプロジェクトを進めている企業があります。

その際に、伐採したランタナを活用して実物大のゾウのオブジェを作っているのですが、欧米では活動への賛同者が多く、巨大な作品であるにもかかわらずたくさん売れているそうです(写真2)。ここでは、アート作品が社会課題と投資をつなぐ役割を担っています。駆除対象であるランタナで作った作品を売ることで、人と自然が共存するメッセージを伝えるだけでなく、投資を集め、さらには、それが先住民族の人々の仕事の創出につながっているのです。この地域出身のアーティストたちがファウンダーとなって始めた活動ですが、今後は先住民族がオーナーシップを持つ組織に変えていこうとしています。

世界には社会課題が数え切れないほどあり、それに対して何らかの改善、変化を生み出そうとする人々がいます。そういった試みに対して意義を見いだし、価値を付けていくのが社会的投資だと思います。欧米で投資が集まるのは、社会へ働きかける実験的な活動に対する価値が生まれているからだと思います。お金を投じることで自分たちもその社会実験、すなわち冒険に同行できる面白さ、楽しさがあるのではないでしょうか。

[図1] CSIチャレンジは、社会課題の解決をめざす起業家を発掘・支援することを目的として実施されている。

[図1] CSIチャレンジは、社会課題の解決をめざす起業家を発掘・支援することを目的として実施されている。
CSI challenge5特設ページ(募集は終了) https://www.arunseed.jp/csichallenge5

[写真2] ゾウの生活環境をおびやかす侵略的外来種、ランタナを材料として制作された実物大のゾウのオブジェ。作品の販売益は森林の保全活動に充てられる。

[写真2] ゾウの生活環境をおびやかす侵略的外来種、ランタナを材料として制作された実物大のゾウのオブジェ。作品の販売益は森林の保全活動に充てられる。

NTT研究所発 触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌 ふるえ Vol.54 ウェルビーイングな社会に向けた価値のつくり方
発行日 2024年9月1日
発 行 日本電信電話株式会社
編集長 渡邊淳司(NTTコミュニケーション科学基礎研究所)
編 集 矢野裕彦(TEXTEDIT)
デザイン 楯まさみ(Side)

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