触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌 ふるえ Vol.64
Sustainable Well-being
ウェルビーイングに向かうしなやかな指針
個人や組織のウェルビーイングを実現していくためにはどんな考え方や基準が助けとなるのか。経営における思想やプロセスマネジメントの視点から考えを深めていきます。
自分の枠組みの外に出て心が動く環境を探し続ける
ウェルビーイングに生きるための経営戦略
山口 周
Shu Yamaguchi
1970年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループなどで戦略策定、文化政策、組織開発などに従事したのち、2019年に独立。独立研究者、著作家、パブリックスピーカーとして活動。株式会社ライプニッツ代表。
コンサルティングの仕事と哲学者の仕事
—山口さんのこれまでの経歴について教えてください。
山口 周(以下、山口):私はもともと大学では哲学科に所属し、美術史を専攻していました。新卒で電通に入社して7年ほど広告の仕事をして、その後、約2年の空白期間を経て、アメリカのコンサルティング会社に移りました。それから15年ほどコンサルティング業界にいて、現在は組織に所属せず独立した立場で、本を書いたり、企業にアドバイスをするということをしています。
—最初に広告の仕事を選んだ動機は、どのようなものだったのでしょうか?
山口:心理学が好きだったことや、哲学や美術の研究をしていたこと。あと、企業の文化活動のアドバイスもやっていたので、一番接点がありそうなのは広告会社だと思いました。ただ、当初は表現の仕事やクリエイティブ・ディレクションが得意だと思っていたのですが、実はまったく向いていませんでした。むしろ、お客さんが評価してくれたのは、「今こういう議論をしているので、山口君ちょっと入ってくれないか?」と、議論を整理する立場としてでした。考えてみれば、哲学者がやっている概念の整理と同じことなんですよね。それなら表現の世界ではなく、そちらを本業にしていこうと、コンサルティングに移りました。
—コンサルティング業界は山口さんに合っていたのでしょうか?
山口:当時、最初の3カ月で「これは自分に向いている」という感覚がありました。「はしごに足がかかったな」という感じで、あとは一段一段登っていけばいいだけ。もちろん、激務で徹夜が続いたりと肉体的には楽ではなかったのですが、「何によって評価されるのか分からない」といったモヤモヤしたストレスはありませんでした。人間関係によることなく、結果を出せる人が評価されるというところが気持ちよかったし、非常に分かりやすいゲームだったので、居心地がよかったです。
現在、ウェルビーイングというと、ワークライフバランスが引き合いに出されがちですが、1週間にトータル10時間しか寝てなかったときでも、あのときの僕はウェルビーイングであったと思えます。だから、ウェルビーイングを単純に睡眠時間や余暇の時間とつなげてしまうのはどうかなとも思いますし、余暇がたくさんあっても、ウェルビーイングが実現できていないケースはたくさんありますよね。
今見せてもらっている「わたしたちのウェルビーイングカード」[※1]でいうと、「熱中・没頭」「挑戦」「達成」「成長」「自己決定」といったすべての要因がそこにはありました。また、「信頼」や「受容・承認」についても、頼れる仲のよい友人がオフィスにいました。でもまあ、最終的にはその会社も辞めてしまいました。同じ状態は、永遠には続かないということですよね。
ルソーでもマキャベリでもない「アリストテレス的人生論」
—先ほど、仕事を「ゲーム」と表現されていましたが、その意味について教えてください。
山口:目的と不確実性があり、ゴールに最も近づけると思う選択肢を選ぶことを何度も繰り返す営みは、すべてゲームだと思うんです。その定義に基づくと、食事を作ることや、恋愛とか家族を続けることも一種のゲームです。さらに、生きることそのものもゲームと言えるかもしれません。
—そのような捉え方は著書『人生の経営戦略』の視点にもつながっているのでしょうか?
山口:この本はポジションを極端に振っていて、人生という「ゲーム」に経営戦略論の考え方を当てはめています(写真)。やってみると結構面白い。人文科学の根っこには哲学があるし、経営学はもともと経済学の一部で、経済学の祖アダム・スミスも「自分は経済学者というよりは、哲学者だと思っていた」と言っているわけですから、哲学的な考えと経営学が結び付くのは当たり前なのかなとも思います。それなりに説明力がある一方で、経営視点からのパロディという見方もあるかもしれませんが。
写真 『人生の経営戦略 ―自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社・2025)
人生を超長期のプロジェクトとして捉え、経営戦略論、マーケティング、組織行動論など経営学の20のコンセプトを人生に応用する実践書。
—著書を拝読すると、経営でバランスが重要であるように、人生の捉え方でもバランスが重要であると感じました。
山口:例えば、本の冒頭で、現代では“ルソー的人生論”と“マキャベリ的人生論”が2大潮流となっていると述べています(図1)。ルソーは自分らしさをめざすことを説いている一方、マキャベリは冷徹に経済的・社会的成功をめざすことを説いている。でも、どちらかだけで幸福になれるとは思えない。そこで、両者が含まれる “アリストテレス的人生論”をどのように実現するのか、そのために経営の考え方が役に立つのではないかということです。
人生論の2大潮流に対するアリストテレス的人生論
図1 今日のキャリア論を形成する「ルソー的人生論」と「マキャベリ的人生論」という2つの潮流に対して、そのどちらも含む「アリストテレス的人生論」を山口氏は提唱する。(『人生の経営戦略』P.43より編集部作成)
思い通りにはならないだから人生は面白い
—会社を辞めるというライフイベントも経営の視点から考えることができるでしょうか?
山口:僕は、「何をするか」「どこにいるか」「誰といるか」、この3つが人生に大事なことだと思っていて、これらの組み合わせでウェルビーイングが実現されると考えています。「何をするか」が変えられなければ、「どこにいるか」を変えてみる。その両方が変えられないのであれば、「誰といるか」を変えてみる。自身のウェルビーイングのあり方に合わせた適応戦略はいろいろあると思います。
そういう意味では、僕は会社を辞めることでそれらを変えたわけですが、やはり、すべてが自分の思い通りにいく人生というのは細くなってしまうという気がしています。本来的に自分が変わってしまうような学びの契機は、自分の過去の枠組みの外からやってくるものだと。思い通りにいかないものを全部排除してしまうと、その人が大きく変われるきっかけを遠ざけてしまうことにもなります。人生は思う通りにはならない、それは経営も同じなのですが、そこが面白いんじゃないかと思います。
—思い通りにならない状況でのウェルビーイングをどのように考えたらよいと思いますか?
山口:自分がどんな状況に置かれたときにウェルビーイングなのかというのは、事後的にしか分からないと思うんですよね。例えば、「自分にとって何が大事か」と聞かれたときに、頭で答えるケースと心で答えるケースがあります。多くの人は、頭で答えているのではないでしょうか。それは、教育や社会の価値観に大きく影響を受けていて、「人に迷惑をかけちゃいけない」とか、「あまり目立とうとしちゃいけない」とか、そういった考えで答えを選びがちです。僕には、みんな、頭で考えていることと、心で感じていることがゴチャゴチャになっているように見えます。
昔の僕も、クリエイティブなことをやるのが好きだと頭で考えて広告会社に入ったわけですが、今考えると、そのときに心は動いていなかったのだと思います。ウェルビーイングが実現される状況、「その人が何をやっているときに、面白い、楽しいと感じるのか」ということは頭で考えても分からず、いろいろ試してみるしかない。もちろん、そうすると、つまらない、面白くない体験もたくさんあるかもしれませんが、それで構わないのです。体験の質は確率的に分布するとした場合、自分の心が動く体験の確率は非常に低いため、とにかく取り組みの数を多くするしかありません(図2)。ただし、試すコストは若いときの方が小さいので、20代のうちにどれだけ無駄撃ちができるかということが重要です。
アウトプットの質と取り組みの数の関係
図2 取り組みの数が多いAさん(300回)と、取り組みの数が少ないBさん(100回)のシミュレーション。平均は変わらないので、全体としての質が向上するわけではないが、グラフの右側の「極めて“優れた”アウトプット」の絶対数が増えていることが分かる。
(『人生の経営戦略』P.228より編集部作成)
—ウェルビーイングは、できるだけやってみてから感じるものだということですね。ただ、どの方向に進むかは初めに考えて決める必要があるのではないでしょうか?
山口:そうですね。何かしらの方向性が見えないと踏み出せないので、まず頭で考えてみることにはなると思います。例えば、野球が好きだが、野球選手になることは難しい場合。そこで、野球の何が楽しいのかを考えてみる。相手チームを分析し、打順やシフトを考える。それがすごく楽しいとなれば、それは野球ではなく、分析と戦略を立てるという意味でコンサルタントだという話になるわけです。表面的に何が好きというだけでなく、その営みの中でどんな要素が心を動かしているかを感じると幅が広がりますよね。
ウェルビーイングは関係性の中から立ち上がるもの
—心動かされる体験とはどのような感覚なのでしょうか?
山口:ある種のスポーツでは一定の領域を超えると、フロー状態[※2]に入れるぐらいのスキルを獲得することがあります。例えば、レジェンド・サーファーであるジェリー・ロペスは、その感覚を「自分自身が波になる」と言っています。“波に乗る”でも“波をうまく制御する”でもなく、自分が波の一部になると。しかし、そこで得られる充実感や恍惚感を、やってみる前の段階から予見できるのかというと、難しいのではないでしょうか。そして、もちろん、それに関わることが楽しいと思えなければ、そこに至るまでの量の修練を積むことはできないでしょう。
—自分という素材を体験し尽くしてみないと、自分のことは分からないのでしょうか?
山口:人のアイデンティティというのは、ジグソーパズルのピースみたいなもので、周囲の形状によって変わってくるところがあります。自分がよい状態というのは、自分一人でコントロールできるわけではなく、周囲との組み合わせによって決まってくるのです。悪い状態も、それが自己責任か、他者責任かという話になると、やっぱり答えのないところに入っていっちゃう。ウェルビーイングは関係性の中から立ち上がってくるものだと捉えないと、実現は難しい気がします。それぞれがウェルビーイングに生きるためには、たくさんやってみる、頭でなく心で反応する、自分の枠組みの外に出てみる、といったような、心身の健康とはまた別の次元での戦略が必要になるのです。
[※1]「わたしたちのウェルビーイングカード」
[※2]フロー
心理学者ミハイ・チクセントミハイ(1934-2021)が提唱。ある活動に完全に没入し、時間の経過を忘れるほど集中している心理状態を指す。スポーツの分野で言う「ゾーン」に近い感覚とされ、達成感や充実感、恍惚感を伴う。
発行日 2026年5月1日
発 行 NTT株式会社
編集長 渡邊淳司(NTT株式会社上席特別研究員)
編 集 矢野裕彦(TEXTEDIT)
デザイン 楯まさみ(Side)

