触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌 ふるえ Vol.66
Sustainable Well-being
持続可能な共生・共創に向けて
SDGsの目標年2030年が近づく中、社会課題を解決することだけでなく、人や地域、国、自然がともによく生きる新たな社会のあり方が求められています。ウェルビーイングとサステナビリティ、共生・共創を手がかりに、その道筋を探ります。
MDGsからSDGs そして「サステナブルウェルビーイング」へ
国際目標の変遷から読み解くポストSDGsの未来
SDGsの目標年である2030年に向け、国際社会では、環境・経済・人々の暮らしを一体で捉える「サステナブルウェルビーイング」という考え方が次の社会の一つの方向性として注目されています。
JICAでMDGsからSDGsへの転換を経験し、現在はウェルビーイングを研究する高野 翔さんに、国際目標の変遷と、その先の社会の方向性について伺いました。
高野 翔
Sho Takano
福井県立大学 地域政策学部/地域経済研究所 准教授。ウェルビーイング学会理事。一般社団法人PLAY CITY代表理事。英国Schumacher College, Economics for Transition修了(Master of Arts)。2009~2020年、JICA勤務。2014~2017年はブータンでGNH(国民総幸福量)を軸とした国づくりに協力。現在は福井でウェルビーイングを研究・実践し、まちなか拠点「PLAYCE(プレイス)」を運営。「ふくまち大学」のまちの学長も務める。
一人ひとりの尊厳を守る「人間の安全保障」
—高野さんのご来歴、MDGsやSDGsなどの国際目標との関わりについて教えてください。
高野 翔(以下、高野):現在、福井県立大学で教員をしています。研究テーマは、ウェルビーイングを、まちづくりを通じてどのように増進したり、深めたりできるかということです。実践では、主に福井を舞台に、地域のウェルビーイングを支える場づくりに取り組んでいます。
私が国際目標と関わるようになったきっかけは、2009年にJICA(国際協力機構)へ入職したことです。大学・大学院ではバイオテクノロジーを研究していましたが、就職活動時に当時JICAの理事長だった緒方貞子さんの著書を読み、「世界にはこんな仕事があるのか」と感銘を受け、JICAを志望しました。開発途上国の経済や社会の発展を支援するJICAでは、そのころ、MDGs(Millennium Development Goals)の達成に取り組むことは、組織としての大きなミッションでした。MDGsは、私にとって職業人として取り組むべき最初の国際目標でした。
—MDGsとは、どのような目標だったのでしょうか?
高野:MDGsは、2000年の「国連ミレニアム宣言」を受けて定められた、2015年までの国際開発目標です。極度の貧困や飢餓、教育、保健、ジェンダーなど、人々の尊厳を脅かす課題を改善するために、8つの目標が掲げられました。MDGsの大きな特徴は、対象が主に途上国であり、日本をはじめとする先進国は、それを支援する立場であったことです。
この時代の国際的な議論を理解する上で重要なのが、緒方貞子さんとノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン氏が共同議長を務めた「人間の安全保障委員会」が、2003年にまとめた報告書『安全保障の今日的課題(Human Security Now)』です(写真1)。ここで、緒方貞子さんが強く言われていたのは、国家という単位(国家の安全保障)だけでは救えない人がいる、だから一人ひとりの人間に焦点を当て、その尊厳を守るという「人間の安全保障」という考え方です。
同時に報告書では、プロテクション(Protec-tion)とエンパワーメント(Empowerment)という2つの視点が示されています。プロテクションは、貧困や紛争など、人の尊厳を脅かす欠乏や恐怖から人々を守ること。エンパワーメントは、一人ひとりが持つ力や可能性を発揮できるよう支えることです。この考え方は、現在の私の生き方にもつながっています。例えば、ウェルビーイングの定義はいろいろありますが、私自身は「尊厳が守られて、可能性が開花する。そのような人生を送れること」をウェルビーイングだと考えています。また、まちづくりでは、尊厳が守られ安心して過ごせる「居場所」と、自分の可能性を表現できる「舞台」という言葉で置き換え、居場所と舞台を地域社会に編み込んでいく社会実践をしています。
MDGsの時代は、人々を貧困や飢餓、疾病などの深刻な脅威から守り、尊厳を守ることが最優先でした。その意味では、プロテクションが特に重視された時代観だったと言えます。
『安全保障の今日的課題(Human Security Now)』(2003・朝日新聞社)
写真1 国家だけではなく一人ひとりに焦点を当て、尊厳を守る「人間の安全保障」の理念と、プロテクションとエンパワーメントの重要性を示した報告書。
途上国支援から世界共通の目標へ
—SDGsでは何が変わったのでしょうか?
高野 :MDGsは、2015年にSDGs(Sustainable Development Goals)へと引き継がれました。最も大きな変化は、対象が途上国から世界全体へ広がったことです。MDGsでは支援する側だった日本をはじめとする先進国が、SDGsでは課題を抱える当事者として、自ら取り組むことが求められるようになりました。JICAにいた私にとっても、大きな変化でした。
もう1つ重要なのが、SDGsでは、MDGsの「Development Goals」はそのままに、「Millennium」に代わって「Sustainable(持続可能な)」が入ったことです。私は、MDGsがめざしていた「人間の尊厳を守るための課題解決」という考え方を引き継ぎながら、持続可能な社会をどう実現するかという視点が新たに加わったのがSDGsだと捉えています。
—サステナブル・デベロップメントという考え方は、どこから生まれたのでしょうか?
高野:もともと「環境」と「開発」は、それぞれ別の文脈で議論されてきました。「サステナブル・デベロップメント」は、その2つを接続する考え方だと私は捉えています。節目となったのは、1987年、当時のノルウェー首相、グロ・ハーレム・ブルントラント氏が委員長を務めた「環境と開発に関する世界委員会(通称・ブルントラント委員会)」が公表した報告書『Our Common Future』です(写真2)。ここで「サステナブル・デベロップメント」は、将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす開発、という定義が示されました。その後、国際社会の共通理念となり、SDGsにも受け継がれています。
『Our Common Future』(1987・Oxford University Press)
写真2 「持続可能な開発」を、将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現在の世代のニーズを満たす開発と定義し、その考え方を国際社会に広めた報告書。
—サステナブルという考え方が加わると、なぜ先進国も当事者になるのでしょうか?
高野:持続可能性を目標に掲げるということは、資源やエネルギーを大量に消費する社会のあり方そのものを見直すことを意味します。そして、そのような社会を築いてきたのは、先進国です。国際協力の現場でも、「先進国は資源やエネルギーを使って発展してきたのに、なぜ自分たちは同じことをしてはいけないのか」という途上国の思いは根強くありました。だからこそ、先進国は当事者として率先して取り組む必要があります。さらに重要なのは、「途上国を先進国が支援する」という構図そのものを超えて、われわれ一人ひとりが同じ地球に暮らす地球市民・当事者として、地球全体の持続可能性をともにつくっていこうという発想に変わったことです。そこが、MDGsからSDGsへの大きな転換だったと捉えています。
—どのような国でSDGsの取り組みが進んでいるのでしょうか?
高野:2020年に発表された、オックスフォード大学ウェルビーイング研究センター所長のヤン=エマニュエル・ドゥ・ヌーヴ氏とコロンビア大学教授・持続可能な開発センター所長のジェフリー・サックス氏の研究では、SDGs全体の達成度(SDG Index)が高い国ほど、人々の主観的ウェルビーイングも高いことが報告されています。北欧の国々は、SDGsとウェルビーイングの両方で上位に位置しています。
—一方で、17の目標別に見ると、違う関係も見えてくるのでしょうか?
高野:SDGsの目標ごとに詳しく見ると、「つくる責任 つかう責任」(目標12)と「気候変動に具体的な対策を」(目標13)では、目標の達成度と人々のウェルビーイングに負の相関が見られます。この結果は、少なくとも短期的には、資源消費や自然環境への配慮と人々の暮らしの満足度の間に、一定のトレードオフが存在する可能性を示唆しています。SDGsは持続可能な社会をめざす重要な目標ですが、人々と自然環境が「ともによく生きる」ことまで考えると、その先には新しい視点が必要になってきます。それが、近年議論されるようになってきた「サステナブルウェルビーイング(Sustainable Well-being)」という考え方です。
課題解決から価値創造の国際目標へ
—ウェルビーイングをめぐって、国際的にはどのような変化が起きているのですか?
高野:SDGsの目標年である2030年以降を見据え、次なる国際目標・アジェンダをめぐる議論が世界で進んでいます。その中で、これからの社会を方向づける重要な価値軸となるのが、「ウェルビーイング」と「サステナビリティ」だと考えています。例えば、WHOが2021年に公表した『Towards developing WHO's agenda on well-being』では、ウェルビーイングを政策の枠組みとして捉え、健康、経済、社会、環境を一体で考える方向が示されています。GDPなどの経済指標で評価される経済中心の社会から、人々のウェルビーイングをより重視する方向への変化と言えます。
また、国連では、2024年の「未来サミット」でウェルビーイングやサステナビリティの重要性が示されました。そこで採択された「未来のための協定(Pact for the Future)」を受けてBeyond GDPの専門家グループが設置され、2026年に報告書『Counting What Counts』が公表されました。同報告書の概念図では、「現在のウェルビーイング」と「将来に向けたサステナビリティ・レジリエンス」が時間軸に沿って示されています(図1)。こうした国際社会の流れを見ると、ウェルビーイングとサステナビリティは、これからの社会を形づくる価値の両輪となっていくと考えられます。
図1 『Counting What Counts』では、GDPでは捉えられない豊かさや幸せを測るため、平和・人権・地球への敬意といった土台も含めて社会の進歩を捉える枠組みが示されている。
『Counting What Counts』(2026)より引用
—SDGsと比べると、どのような違いがあるのでしょうか?
高野:SDGsでは、将来世代に「負の遺産を残さない」という課題解決の考え方が強く意識されています。もちろん、それはとても大切なことです。一方で、これからの社会では、悪い事柄を減らすだけでなく、「よりよい未来を積極的につくる」という視点も重要になります。それは、「人間の安全保障」が示した、人々の尊厳を守るプロテクションだけでなく、一人ひとりが自分らしく力を発揮できるエンパワーメントを社会全体で実現していくことでもあります。一人ひとりの可能性や選択肢を広げ、社会全体のウェルビーイングを高めていく価値創造の視点がより重要になるでしょう。
MDGsが「人間の尊厳を守る」ことに重きを置き、SDGsがすべての国を対象とした「持続可能な社会」へと視野を広げたとすれば、その先にあると考えられるサステナブルウェルビーイングは、尊厳が守られるだけでなく、一人ひとりが持つ可能性が十分に発揮でき、人と地球がともによく生きる社会をめざすことになるでしょう(図2)。
国際目標における価値の変遷
図2 高野さんによる国際目標の価値の変遷の整理。MDGsの「人間の尊厳の保護」をSDGsが引き継ぎ、サステナビリティを加え、2030年以降は「人間の尊厳の保護」がウェルビーイングへと継承・発展して、「正の遺産を生み出す」方向へ進む流れを示している。
—人々のウェルビーイングと環境のサステナビリティは両立するのでしょうか?
高野:「環境を守るためには生活の快適さを我慢しなければならない」「快適さを追求すれば環境への負荷が高まる」。これまで、ウェルビーイングとサステナビリティは、どちらかを高めればどちらかを損なう、いわばトレードオフの関係として捉えられることが少なくありませんでした。ただ、私はこれから重要になるのは、両者を対立させるのではなく、ともに高められる関係、つまり「トレードオフからシナジーへ」と発想を転換することだと考えています。
近年では、自然とのつながりや自然環境との触れ合いが、人々のウェルビーイングを高めることを示す研究が多数報告されています。例えば、地域の森林や川、海といった自然環境と楽しく触れ合い、環境を大事にする活動に参加することは、人の喜びや生きがいにつながります。また、地域の祭りや食文化、里山の営みなど、自然とともに育まれてきた文化を次世代へ受け継ぐことは、環境や文化を守るだけでなく、地域への愛着や誇りを育むことにもつながります。日本の森林浴や温泉、北欧の湖畔でのサウナ文化なども、自然との関わりそのものが人々の豊かさやウェルビーイングを生み出している事例と言えるでしょう。
また、こうした活動そのものを社会的な価値として評価していくことも重要になると思います。ウェルビーイングとサステナビリティが重なる領域が可視化され、その価値が社会的に認められるようになれば、行政や企業、投資家などもより積極的に応援しやすくなるのではないでしょうか。
—どのようなものが、その指標となると考えられますか?
高野:これからは、経済的な豊かさだけでなく、人が自然とどのような関係を築いているか、地域の中で一人ひとりの可能性が生かされる協働が生まれているか、地域文化や生態系が次世代へ受け継がれているか、といったことも重要な指標になっていくと思います。また、人間の状態だけでなく、森林や河川、海、生物多様性といった自然環境の豊かさにも目を向けていく必要があります。
私は、これからの指標は、人間のウェルビーイングだけを測るものではなく、人・自然・地域がともによくあり、その豊かな関係性が、将来世代へ「正の遺産」としてつながっているかを捉えるものへと発展していくのではないかと考えています。
発行日 2026年9月1日
発 行 NTT株式会社
編集長 渡邊淳司(NTT上席特別研究員)
編 集 矢野裕彦(TEXTEDIT)
デザイン 楯まさみ(Side)

