触感コンテンツ+ウェルビーイング専門誌 ふるえ Vol.67
Sustainable Well-being
教育とウェルビーイング
教育の現場でウェルビーイングへの関心が高まっています。次期学習指導要領に向けた審議でも、学びのあり方や学校づくりなど、教育全体につながる重要な視点となっています。これからの教育は、何を大切にし、何をめざすのか。政策の動向と自治体の実践から考えます。
自ら学び、多様な他者と共に社会をつくっていく
次期学習指導要領の方向性をウェルビーイングの視点から読み解く
「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」が公表されました。そこでは、ウェルビーイングが特定の教科や活動にとどまらず、学校教育全体がめざす方向性に関わるものとして位置付けられています。ここでは、随所に盛り込まれたウェルビーイングの視点を手がかりに、2030年度から始まる学校教育の輪郭を探ります。
教育課程全体を貫くウェルビーイングの位置付け
「ウェルビーイング」という言葉が社会のさまざまな場面で語られるようになり、教育の分野でも重要なキーワードになっています。2023年6月に閣議決定された「第4期教育振興基本計画」では、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が、計画全体を貫く2つのコンセプトのうちの一つとして掲げられました。その考え方は、文部科学省が教育課程の基準として定める「学習指導要領」の議論にも引き継がれています。
2026年10月に公表された「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」(以下、審議まとめ)は、2030年度に小学校から順次実施される次期学習指導要領の骨格を示すもので、社会や学校の現状を述べた冒頭の第1部第1章には、学校教育全体の取り組みが「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」につながることが必要だと明記されました(表1)。ウェルビーイングが教育課程全体に関わるテーマとして位置付けられていることがうかがえます。さらに詳しく見ると、言葉として明記された箇所だけでなく、その考え方が教育課程全体に広がっていることが見て取れます。
第1部 次期学習指導要領の基本的な方向性
第1章 子供たちを取り巻く社会や学校の現状と展望
【①社会・経済の動向】(民主的で持続可能な社会に必要な資質・能力)● …子供たちが社会の中核として活躍する2040~50年代を展望するとき、デジタル技術を含むあらゆる資源を総動員して、全ての子供が多様で豊かな可能性を開花できるようにすることが、我が国の未来のために不可欠であると考えられる。
● 一方で、こうした取組がデジタル一辺倒に陥ることは避けるべきであり、「デジタルの力も使ってリアルな学びを支える」との基本的な考えに立つ必要がある。五感を通じた体験や身体性、芸術やスポーツを通じた豊かな心身の育成の価値を今一度認識し、AI時代にこそ重要となる、人間ならではの力を育むことを教育課程全体で強く意識する必要がある。
● また、こうした取組が、教育課程外の施策とも相まって、全体として有機的に機能し、多様な個人が幸せや生きがいを感じ、地域や社会全体でも幸せや豊かさを享受できる、調和と協調を重視する日本社会に根差したウェルビーイングの向上に繋がるようにすることが必要である。
表1 「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」第1部第1章で述べられたウェルビーイングに関する一節の抜粋。
審議まとめでは、これからの学校教育でめざす子どもの姿として、「生涯にわたって主体的に学び続け、多様な他者と協働しながら、自らの人生を舵取りすることができる、民主的で持続可能な社会の創り手」が示されています。そして、その実現に向けて、「『主体的・対話的で深い学び』の実装」「多様性の包摂」「実現可能性の確保」の3つを基盤としています(図1)。
ウェルビーイングとの関わりで注目したいのは、自らの人生を舵取りすることと、多様な他者と協働することの両方を大切にし、そこから「民主的で持続可能な社会」をつくるとしていることです。自分にとって何が大切なのかを考え、自分らしくよりよく生きていく。一方で、自分とは異なる人とも関わり、共によりよい社会をつくっていく。自分自身のウェルビーイングは、自分だけで完結するものではなく、周囲の人や社会との関係の中で支えられています。そして、自分の選択や行動もまた、周囲の人や社会のウェルビーイングにつながっていきます。こうした考え方は、ウェルビーイングの学びと深く重なるものと捉えることができます。
図1 「子どもたちが学校教育を終え、未来の社会で活躍するときの姿」を、3つの基盤によって実現することをめざす。3つの基盤は三位一体で進めるものとされ、実現可能性の確保には教師の負担への配慮も含まれている。
「次期学習指導要領等に向けた審議まとめ」資料編「次期学習指導要領に向けた検討の基盤となる考え方」を基に作成
新しく加えるのではなく原点を見つめ直すレンズ
それらが具体的に表れている例の一つが、特別活動の学級経営です。審議まとめでは、学級経営がめざすものを「一人一人の子供と学級全体のウェルビーイングの実現」として捉え、子ども同士の人間関係や教師と子どもの信頼関係を育み、心理的安全性のある学級をつくることが重視されています。また、特別活動では「自己実現」と「社会創造」という視点から、子ども自身がよりよい生活や社会づくりに関わっていくことが重視されています。道徳教育でも、「道徳教育の改善には、個人や社会のウェルビーイングの実現に寄与することが期待される」とされ、ウェルビーイングとの関係が明記されました。これは、道徳教育の目標をウェルビーイングに置き換えるということではありません。道徳教育がめざしてきた「よりよく生きるための基盤となる道徳性」の育成を、ウェルビーイングとの接続からあらためて捉えていくことが求められていると考えられます。
このような考え方は、特別活動や道徳だけにとどまりません。芸術系教科や体育・保健体育では、ウェルビーイングとの関わりが明確に示されています。また、各教科等を学ぶ本質的な意義についても、「各教科等の資質・能力が身に付く中で、様々な世の中を見る視点や考え方が豊かになり、よりよい社会や幸福な人生に繋げていけることを示すもの」とされています。この記述からも、各教科の学びを個人や社会のウェルビーイングにつなげていくことがめざされていると言えます。幼児教育においても、「全ての乳幼児のウェルビーイングの向上」に向けて、一人ひとりを尊重し、多様性が包摂された園生活の中で、育ちや学びを保障することが示されています。
さらに注目したいのは、ウェルビーイングが、これからの社会を見据えた教育のあり方全体と結び付けられていることです。審議まとめ第1部第1章では、デジタル技術の活用が一人ひとりの可能性を広げていく一方、デジタル技術に偏るのではなく、五感を通した体験や身体性、芸術やスポーツなどを通して豊かな心身を育み、「AI時代にこそ重要となる、人間ならではの力」を育む必要性が強調されています。そうした教育全体の取り組みが、「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」へとつながるものとして位置付けられています。この位置付けには大きな意味があると考えられます。ウェルビーイングが、特定の授業で学ぶテーマや、一つの資質・能力として扱われているのではなく、これからの学校教育が何を大切にし、何をめざすのかという大きな方向性と結び付けられているからです。そのため、ウェルビーイング教育を考える際にも、何か新しい授業や活動を付け加えるだけではなく、各教科等の学びや学校生活、自分自身との関係、他者との関係、デジタル技術との関わり、学校と地域・社会とのつながりまで含めて、これまでの教育を「何のために行うのか」というところから、あらためて教育活動全体を捉え直す視点が重要になると考えられます。
このように読み解いていくと、ウェルビーイングは、学校教育に新しい何かを付け加えるための言葉ではなく、これまで大切にしてきた一つひとつの学びの営みを、「何のために行うのか」という原点から見つめ直し、個人や社会の「よりよく生きる」ことと結び付けて捉えるためのレンズであると言えます。そして、これからのウェルビーイング教育では、子どもたちが学校生活の中でウェルビーイングを実感するだけでなく、さまざまな学びや経験を通して、自分自身、身近な人、そして社会のウェルビーイングに主体的に関わっていく力を育むことが、ますます重要になっていくでしょう。
(監修:平 真由子/金沢工業大学教職課程 准教授)
発行日 2026年11月1日
発 行 NTT株式会社
編集長 渡邊淳司(NTT上席特別研究員)
編 集 矢野裕彦(TEXTEDIT)
デザイン 楯まさみ(Side)

