[特集2]サウンドファイルは、新しいパラメータを持つべきだ
誰もいないサーキットにアイルトン・セナのエンジン音が響き渡る……。カンヌでも大絶賛された『Sound of Honda/Ayrton Senna 1989』のサウンド・デザインを手がけた澤井妙治氏に、響きと振動について訊いた。

存在していない“らしさ”を出す

—澤井さんのお仕事では、『Sound of Honda』はもちろんですが、淀川長治さんや岡本太郎さんなど、既に存在していない人物に別のセリフを喋らせる作品も印象的です。

  Huluの淀川長治さん(CGの淀川氏に声をあてる作品)は、400分くらいのデータから“らしさ”を取り出していきました。その上で、意図的にぎこちなさを残してるんです。ぎこちないのだけれど、淀川長治さん“らしさ”が出ているようにするのが狙いで。
  DODAの岡本太郎さんの場合(岡本氏の架空の演説を作成する作品)は、演説らしい演説の音声記録って、残ってなかったんです。さあ、どうしようってことになって。60分くらいのゆっくりとした講演の記録が残っていたので、それを切り貼りして作りました。
  元の講演はペラッペラなので、一回汚して、手垢をつけてリアリティを出す。美術品と一緒かもしれないですね。ちなみに、岡本太郎さんの話し方って、変なところに間が入るんですよ。本当は僕は入れたかったんですけど、どうしてもCMなんで、尺という制約があって(笑)。

歪みとフィードバック

—作品を作る上での、最近のご興味についてお聞かせください。

  僕、けっこう“フィードバック”に興味があって、一昨年、一万円使って何かを作る『一万円展』に参加したんですね。そこで「磁石を持って字を書いたら、どこまで書けるか」という作品を出品しました(図1)。コントロールできるはずなのに、コントロールできない、というのが狙いの作品です。
  仕組み的には、箱に磁石を詰めて、ペンにも磁石をつけて、箱の上に紙を置いてペンで文字を書く、という形になっています(図2)。面白かったのが、箱に磁石を詰めるときに、「なんかこの並びはしっくりこないけど、この並びってしっくりくるんだよな」ということがあって。そのたびに箱から磁石を取り出して、また詰め替えるという作業をしました。そのときに、磁石を詰め込む、という作業は、S極とN極……つまり“0”と“1”なので、プログラムに非常に近いな、と思ったんですよね。
  この展覧会は、「大人の歪み」というのがテーマだったので、直球で“歪ませて”みました。
  基本的に、歪んでいるものって面白いんですよね。たとえば、ギター買った奴が、最初に買うエフェクターって絶対に歪み系なんですよ。たぶん、98%くらい(笑)。

—サウンド・デザイナーなのに、磁石という発想が意外に感じます。

  だって、スピーカーって磁石じゃないですか(笑)。
—あっ!
図1.磁力により、思うように書けない文字

図1.磁力により、思うように書けない文字

図2.箱に敷き詰められた磁石

図2.箱に敷き詰められた磁石

鼓膜を“揺らす”

  その他にも色々な機材を使っていますが、ファンクション・ジェネレータという電気計測に使われる信号発生器も使っています。音楽用の音を出力するものではないので、20MHzくらいまで出力できるんです。測定用なんですごい細かいんですよ(図3)。
  これを使って、『鼓膜を揺らす』というイベントをやったりしました。音波で「人を触っている」かのような体験を作ることができます。

ここで、実際にジェネレータを使った再生デモを行ってもらった。言葉にできない体験としか書きようがないが、感覚をあえて記述すれば、 「外界で鳴っている音」と「内耳で鳴っている音(鼓膜自体が音源の音)」が分離して「強制的に聴かせられる」。比喩的な意味ではなく、物理的に「耳の中で、外界とは違う音が鳴っている」状態であった。実際に自分の首を振ると、内耳で鳴っている音を定位する方向も移動する。サラウンドスピーカーが、自分の外側とは別に、両耳の内部に設置してあるような感覚である。普段、我々は鼓膜の振動で音を聴いているわけだが、それを強制的に「認知」させられる。
  要は超音波なんですけれど、なぜ、こういう感覚になるか、という理屈は正確にはわかっていません。ジェネレータでは96KHzまで出力しているのですが、一般のCDは44.1KHz……つまり超音波の領域の音を鳴らしているということが効果を生んでいるのではないか、と考えています。サウンドファイルではなく、生で体感してもらうと、もっと繊細に鼓膜を揺らすことができます(笑)。
図3.ファンクション・ジェネレータにより生成された信号の波形

図3.ファンクション・ジェネレータにより生成された信号の波形

「聞く音と、触れる音。振動。

—ニコニコ超会議2015では、NTT研究所の貫通感覚提示と音を組み合わせた展示を行ないました(編集部注:『超未来式体感型公衆電話3号/4号』)

  あの作品は、振動によって人が感じる感覚を錯覚させているわけですが、聞こえる音と、「振動として体感させる音」は違います。それをどう作るか? 実際には、オノマトペをカテゴリごとに分けて、それに合わせて音を構築していく、という作業を行ないました(図4)。試行錯誤しながら作ったのですが、波形を見ると、ある種の“綺麗さ”があって。

図4.オノマトペに対応した振動用サウンドファイル(写真上:「ズキューン」写真下:「べチャー」)

  こうした経験を活かして、今、触れるとフィジカルフィードバックがあるビートに特化した楽器を作っています。ボタンを押すと音が出るのですが、押すところ自体が振動します(図5)。
  これって、サウンドファイルを見ればわかるんですけど、Lチャンネルは聴く用で、Rチャンネルは触れる用なんですね(図6)。聴く振動と触れる振動は必ずしも同じではない。「聴く用」の音と「触れる用」の音っていうのを同時に考えながら作っています。
  これから、サウンドファイルが持つべきもうひとつのパラメータとして、Physicsのような概念を持つ時代がくると考えています。そうしたことを踏まえて、来年度は新しい概念の楽器(ソフトウェア/ハードウェア)の開発に注力したいと思っています。
図5.フィジカルフィードバックがあるビートに特化した楽器 図6.フィードバックつきの楽器で使用しているサウンドファイル。LR(図の上下)で異なるデータが格納されている。

図5.フィジカルフィードバックがあるビートに特化した楽器
図6.フィードバックつきの楽器で使用しているサウンドファイル。LR(図の上下)で異なるデータが格納されている。


澤井 妙治
澤井 妙治
サウンドアーティスト
様々な環境下での音の与える効果にフォーカスし、新たな音響インタラクション・デザインの可能性を追求する。これまでにはAudio/Visualユニットportable[k]ommunityとしての活動や、EYE(Boredoms)とのプロジェクトAEOでのセンサーを用いたパフォーマンス、Taeji Sawai名義などで Sonar Festival、FUJI ROCK Festival、東京都現代美術館 森美術館などにおいてのライブパフォーマンスやインスタレーション作品、また広告/Web/プロダクトなどの活動域においてはD&AD (Black Pencil)、CannesLionsなどでサウンドを用いたコンテンツで受賞多数   

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