シンクロを通じて得た水中での自由な身体感覚
水中を自由自在に動き回る水泳種目、シンクロナイズドスイミング(シンクロ)。重力と浮力をコントロールするためには、どのような感覚が必要とされるのでしょうか。ロンドンオリンピック、そしてシルク・ドゥ・ソレイユの舞台でも活躍した酒井麻里子さんにお話を聞かせてもらいました。
酒井 麻里子
酒井 麻里子

2008年 世界ジュニア選手権大会 D2位・T3位
2009年 世界水泳選手権 TTR5位・FC5位・DFR6位・TFR6位
2011年 世界水泳選手権 TTR5位・TFR5位
2012年 ロンドンオリンピック予選会 D4位・T3位
2012年 ロンドンオリンピック T5位
D:デュエット、T:チーム、FC:フリーコンビネーション、TTR:チームテクニカルルーティン、TFR:チームフリールーティン、DFR:デュエットフリールーティン

「水を手でつかむ」という感覚で水中で体をコントロール

—何歳からシンクロを始めたのでしょうか?

酒井: 普通の水泳を始めたのは9歳、シンクロは10歳です。
引越しを期にスイミングスクールを変えたのですが、新しいスクールではたまたまシンクロのコースもあったんです。もともとバレエや新体操を習っていたのでシンクロもやってみたいと思い、始めました。その後、18歳のときにはジュニアの、19歳のときにはシニアの日本代表に選ばれました。2012年のロンドンオリンピックに出場したのは21歳の時です。

2012年ロンドンオリンピック壮行会にて

—シンクロで初めに練習することは何でしょうか?

酒井: まずは泳げることが必須なので、基本的な泳法を覚えます。その後は、上を向いて静止する基本姿勢などを学びます。重要なのは、水中で体をコントロールする練習ですね。いわゆる「スカーリング」と呼ばれるもので、手で“水をかく”ことなんですけど、練習を続けると「水を手でつかんでいる」という感覚になってくるんです。しかも、なるべく“同じ水”をつかむようにすると体をうまく支えられるんです。


ちょうど釣りのウキのように体の“軸”を意識する

—シンクロは水中で、上下左右さまざまな姿勢をとりますが、方向感覚はどうなっているのでしょうか?

酒井: 演技では、単に浮いているだけでなく、水中で上下逆になるなど難しい姿勢をとることになります。最初の頃は、方向感覚を見失うこともありましたね。大事なのは体の“軸”を意識することです。自分の体のセンターということですね。“軸”の感覚は、釣りで使うウキを思い描いてもらえるとわかりやすいかもしれません。水面に落としたウキが、動きながら、徐々にまっすぐに落ち着いていくイメージです。
  あと水の中では踏ん張ることができません。そのため、例えば右上に体を持っていこうとするときは、体の左下、つまり正反対の方向にも意識を持っていく必要があるんです。体が上下逆の姿勢を保つときは、耳の下辺りをぐーっと下に引っ張る、逆にみぞおちから上に引っ張る、そういう意識を持つように指導されました。

—なかなか難しそうですね。自分の姿勢がどうなっているのか、常に把握できているのでしょうか?

酒井: 確かに最初のうちは、どうしても自分の感覚と実際の姿勢にズレが生じてしまいます。そのズレを可能な限り無くしていくというのが、実は練習の目的のひとつなんです。コーチなど、ほかの人からチェックしてもらいながら修正していきます。またこのズレは、体調などによっても増減します。日々微妙にずれてしまうんです。ですので、毎日行う「ベーシック」というトレーニングがあるのですが、その基本的な練習の中で、いわばズレをキャリブレーションしていくわけです。

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シルク・ドゥ・ソレイユという舞台にチャレンジ

—オリンピック後の活動について教えてください。

酒井: 2013年に競技を引退したんですが、2014年にはシルク・ドゥ・ソレイユのオーディションを受け合格し、ラスベガスの舞台に立つようになりました。水がテーマの「O(オー)」です。水に棲むクリーチャーを演じました。

—オリンピックとは、だいぶ勝手が違いますよね。

酒井: 私は、両方ともシンクロだと考えています。ただし、競技とショーという違いがあります。シンクロは勝負ですが、シルク・ドゥ・ソレイユの場合は遊び心が必要ですし、与えられたキャラクターになり切る演技も重要になります。また普通のシンクロよりも空中での演技が多いですね。ただ、空中での動きも水中での動きと共通する部分があると感じていました。

—競技とショーという違いもありますが、国内と国外では指導方法にも違いがありましたか?

酒井: 国内での演技指導には「グッと」とか「スーッと」という擬態語が出てくるのですが、海外では「パワフルに」とか「もっと鋭く」という言葉での説明が多いですね。また特にシルク・ドゥ・ソレイユの場合は、キャラクターの背景などを丁寧に説明してくれるのですが、これがすごく演技の参考になりました。

—舞台の衣装は動きにくそうな印象がありますが。

酒井: ウロコが付いている全身タイツなどですね。さすがに競技のシンクロで身に付けるものとは違います。全身が覆われているので、水からどれくらい体が出ているかわからず水位が把握しづらいし、水の抵抗もかなりあります。しかしシルク・ドゥ・ソレイユはエンタテインメントショーなので、キャラに合わせた衣装は必要です。キャストはみんな納得して着用していました。

シルク・ドゥ・ソレイユ「O(オー)」




地上より、むしろ水の中のほうがリラックスできる

—現在も水の中に入る機会は多いのでしょうか?

酒井: シルク・ドゥ・ソレイユは退団したのですが、今でもときどきプールで泳いでます。水中のほうが地上にいるよりリラックスできますね。自分のフィールドに戻ってきたというか。ただ競技時代もそうだったのですが、久しぶりにプールに入ると、水をゼリーのように感じることがあります。重くまとわりつくイメージです。実はプールごとで水の質の違いを体で感じることがあり、何となくここは泳ぎやすいプール、ここは泳ぎにくいプールという感覚がありました。ほかの選手にも同じような感覚があるようです。

—普通の人にとって立ち泳ぎは結構な運動になるのですが、酒井さんにとってはどうですか?

酒井: 水の中は重力からの解放を感じます。私にとって水中で静止しているときは休んでいる状態で、陸上で立っているよりも楽な姿勢なんです。実際には手足を動かしてバランスをとっているわけですが、うまく水をつかんでいれば、力はほとんど抜けています。
 もちろん幼いころは、プールで足が付かない状態を怖いと感じたこともありました。でも練習や競技を通じて怖さを克服することで、水中での自由を手に入れられたのだと思います。



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