「遊びは愉しい」──当然のことと考えられていますが、では、なぜ愉しいのでしょう? その秘密を探っていくと、適切な情報負荷、主体的なルール作り、フィードバックというキーワードが浮かび上がってきました。さらに遊びという視点から見ると、私たちの仕事に対しても新しい捉え方、関わり方が見つかります。今回は「遊び」というキーワードから消費者行動の研究をしている、東洋大学経営学部の小川純生教授に話を伺いました。
小川 純生
東洋大学 経営学部教授
東洋大学大学院 経営学研究科 マーケティング専攻長。専攻はマーケティング論と消費者行動論。消費者行動と遊び概念、面白さの関係について研究している。著書に『遊び概念と消費者行動』(同友館)他。
遊びとは人間行動のプラモデル!?
—そもそも遊びとはどのようなものでしょうか?
小川:現実の世界は、時間的にも空間的にも際限がなく複雑ですよね。それに比べて遊びの世界にはルールがあり、時間や空間にも制限があります。いわば遊びとは、さまざまな要素をカットし、できることを制限することで、現実世界をシンプルにしたものだといえます。実際、現実世界にはさまざまな情報があふれかえっています。情報負荷が目一杯の状態とも言えるでしょう。例えば、朝起きてから今に至るまでのことを考えてみても、いろいろなものを見て聞いて考え、膨大な量の情報を処理してきたはずです。情報が多すぎる状態は愉しいとは言えません。遊びとは、そういった情報をどんどんカットして集中できるようにした時間や空間だということです。
—なるほど。現実世界に制限を設けて、情報負荷をうまくコントロールしたものが「遊び」ということですね。
小川:私は、「遊びは人間行動のプラモデル」という定義をしています。プラモデルは、現実のクルマや飛行機などを抽象化したものであり、本物の持っている機能のうち、いくつかを抽出しモデル化したものです。タイヤやボディはあるけれども、実際の自動車のようには走らないし乗ることもできない。でもプラモデルは、子供から大人まで愉しめます。プラモデルは、現実のものが持っている機能や情報を削ぎ落としシンプルにしたことによって、遊びになったわけです。—削ぎ落とすだけだと、逆につまらなくなることもあるのでは?
小川:そのとおりです。カットしすぎると愉しくなくなります。バランスが重要なんです。ルールを複雑にしたりして情報負荷を増やす場合もあるでしょう。情報負荷が個人にとって適切な水準にある状態が愉しい状態=遊びというわけです。低ければ物足りなくて愉しくなくなってしまうし、高すぎても手に余ってしまい愉しくなくなってしまう。スポーツなどの対戦でも、同じぐらいのレベルの人とプレーするのが一番愉しいじゃないですか。また、遊びにとって重要なのがフィードバックです。現実の生活では、行動に対する結果のフィードバックは、紆余曲折を経て、時間をかけて戻ってくることが多い。例えば、私は大学の教員ですが、卒業して数年経った教え子が社会で活躍しているという話を聞くと、教えたことに価値があったんだと実感しますが、フィードバックを得るのにものすごく時間がかかっているし、「成功」といっても実際にはさまざまな要素が関わるので、単純に大学のおかげとは言えません。ところが遊びの場合は、すぐに直接的なフィードバックが得られます。例えばサッカーの試合なら、点数で結果がすぐわかり、学んだことを次の試合ですぐに活かすこともできる。こういったフィードバックの速さやわかりやすさも遊びの愉しさのひとつでしょう。
サッカーは、足や頭などは使っていいが、手を使わないといった制限を加えてルールとしている。また、ゴールにボールが入ると点数になり、行動のフィードバックが結果としてすぐに返ってくる。
退屈な「仕事」を愉しい「遊び」にするテクニック
—現実の世界における情報負荷は、どんどん増えているように思います。
小川:そうですね。ここ数十年の間に特に増大しています。それに比べて我々の情報処理の能力は、おそらくそれほど変わっておらず、非常にアンバランスな状態です。情報負荷が多い状況だということを若い人は本能的に感じているんじゃないでしょうか。例えば、電車でイヤホンを付けて音楽を聴いている人をよく見かけますが、あれは情報を遮断しているのだと思います。ある意味、防衛本能と言えます。ただし、シャットアウトする以外にも対処する方法はあります。自分が処理できるように情報を整理し、ルールを作り、いわば自分だけの遊び空間を作ってしまうんです。いろいろなやらなければいけないことを、思い切ってカットするんです。仕事にも当然応用できます。自分の処理能力に合うよう情報負荷を設定して、集中して取り組めばいいんです。すると仕事はもっと愉しくなるはずです。
情報が少ない作業は単純で「物足りない」と感じ、情報負荷が大きすぎると難しくて「手に余る」と感じる。
情報がちょうどいい状態だと、心地よさや面白さ、愉しさを感じる。
—ある意味、仕事も遊びにできるということですね。
小川:遊び空間をうまく作れる人は、仕事もうまくできる人だと思いますよ。今やるべきことはこれだと設定して、それ以外の要素を制限するんです。思い切って削るのが重要です。しかもルールは自分で決めたほうがいい。本人じゃないと、心地いい情報負荷のレベルがわかりませんから。他の人が負荷を軽減してあげようと思ってやったことが、逆に負荷を増やすような結果になることも、仕事だとありがちです。とはいえ遊びと同じで、仕事もシンプルにしすぎると面白くなくなる可能性があります。こんな話を聞いたことがあります。ベルトコンベア方式で毎日同じ部品を組み立てている工場で、みんな飽きたと言っている中、ある工員だけは毎日愉しいと言っていた。なぜ愉しいのかと聞いたところ、その人は、作業時間がどう変化するのか確認しながら、工具の置き場所を毎日変えている、それが面白いと答えたそうです。自分なりにルールを作り単純作業に複雑さを与え、情報負荷をコントロールして単純作業の中に遊び空間を構築していたわけです。
—ただ、仕事だとしがらみなどもあるので、実際にはうまくいか ないこともありますよね。
小川:確かに大人になればなるほど、常識人であればあるほど、いろいろと制限するのは難しいでしょう。ある意味、開き直りが重要だとも言えます。例えば、オタクなんていうのも開き直りと言えるんじゃないでしょうか。開き直って自分の好きなことにだけ集中して愉しんでいる。そして周りにも、あいつオタクだから仕方ないなと思わせてしまう。でもオタクという生き方は、情報負荷が増大している現代においては、うまい生き方のひとつかもしれません。実は私の研究もそうで、本来はマーケティング論が専門なのですが、開き直って「遊び」を研究しています。周りを気にせず、自分でルールを設定し、研究を愉しんでいるわけです(笑)