視覚障がい者5人制サッカー

声、音、触覚
研ぎ澄まされた感覚で
ゴールを目指す

視覚障がい者5人制サッカー。視覚を閉じた状態にもかかわらず、相手をかわし、パスをつなぎ、シュートを決める、ダイナミックなプレーが繰り広げられます。果たして選手は周囲の環境をどのように感じながらプレーしているのでしょうか。視覚障がい者5人制サッカー日本代表強化選手である田中章仁氏に話を聞きました。

田中章仁

田中章仁
NTTクラルティに勤務しながら、視覚障がい者5人制サッカーのクラブチーム「たまハッサーズ」に所属。現在では日本代表強化選手にも選ばれている。ポジションはディフェンス。

始めたきっかけはフィットネス 今では日本屈指の選手に

田中:私の目は現在、右がまったく見えず、左は明るさを感じる程度の状態です。ただし、8歳から24歳頃までは、左目のみ0.2程度の視力がありました。従ってサッカーに関しては、テレビで見たり学校の休み時間にプレーした経験があります。

—今では日本代表強化選手も務める田中さんですが、視覚障がい者5人制サッカーを始めたきっかけは何ですか?

田中:目が現在の状態になって数年経ったある日、体重計に乗ったところ、思いのほか体重が増えていて「運動をしなければ!」と思ったのがきっかけですね(笑)。友人に視覚障がい者5人制サッカーの選手がいたこともあり、始めてみたんです。

—実際にプレーしてみてどうでした?

田中:ゆっくりしたスピードでプレーするのかと思っていたんですが、かなり速い。想像していたよりもすごく本格的なんです。これは面白そうだ、と感じましたね。

—入ったクラブチームが強豪だったそうですね。

田中:入った年に日本選手権で優勝して強いチームだということに気付きました。日本代表の選手も何人かいましたね。ただ、私はそこまで興味があったわけではなく、日本代表があることすら知らないレベルで(笑)。日本代表を目指したきっかけは、パラリンピックの予選で敗退した選手たちがすごく悔しがっているのを見たことです。そこまで夢中になれるものなら、代表を目指したいと思うようになったんです。

声や音によってフィールドの様子を把握

—フィールドでは、自分の位置をどのように把握しているのですか?

田中:一番の手がかりは声です。味方や相手の選手の声もそうですが、ほぼ決まった位置にいるゴールキーパーや監督、そして相手のゴール側にいるガイドの声が重要です。このうちの2つが聞こえれば、だいたいの位置がわかります。あとサイドフェンスからの音の反響でも位置を把握できます。私は目が見えていたときのサッカー経験もあるので、音から映像化するようなイメージで状況を把握しています。立体的な空間が頭の中にある感じですね。

—試合中はさまざまな人の声が飛び交っています。どのようにして聞き分けているのですか?

田中:1つの音や声に集中しすぎてしまうと、ほかが聞こえなくなってしまいます。そこで、ちょうどチャンネルを切り替えるように、こまめに集中する対象を切り替えています。意識的にというより、自然にそうしています。

—キーパーからたくさん指示が出ていますね。

田中:キーパーからの指示は重要ですが、基本は自分の判断で動いています。キーパーの指示を受けてから動いていては、タイムラグが生じますからね。どちらかというと、足りない部分をキーパーの指示で補っている感じです。キーパーとのやり取りでいえば、私は時々、試合中に後ろを指さすことがあるんです。それは何かというと、キーパーから「相手が右にいるよ」と声をかけられたときに、指を指して「この辺?」と確認しているんです。

視覚障がい者5人制サッカーでは、見え方の異なる選手でも条件を同じにするため、完全に目隠しをした状態でプレーする。選手は音を頼りにプレーするため、プレー中、観客は静かに見守る。

相手の“うまさ”を触覚で判断 試合を再現するテクノロジーに期待

—視覚障がい者5人制サッカーで一番楽しい瞬間は?

田中:思い描いたとおりにプレーができたときですね。キーパーからボールを受けて味方の声を聞いてパスを出し、相手をかわしてゴール!まあ、そんな理想的なプレーはなかなかありませんが(笑)。

—実際には接触するシーンも多いですよね。

田中:ええ。特にディフェンスではフィジカルコンタクトが必須です。まずは、腕などで相手に触れて存在を確認して止める。とにかく触らないと話にならないんです。そして相手の進行方向を、なるべくゴールから遠ざけるように自分の体を当てていく。

—相手に触れたとき、どんなことがわかるのでしょうか?例えば「うまいプレーヤーかどうか」とか。

田中:まず、腕を当てた瞬間に、体の大きさを感じますね。海外の大きな選手の場合は、即座に吹っ飛ばされることもあります(笑)。あと腕を振る感じなどで、一歩が大きいというのも伝わってきます。もちろん事前情報はあります。身長の高い選手、パワーのある選手、スピードのある選手などなど、コーチ陣が分析してくれています。しかし、それがどれくらいの高さで、どれくらいの速さなのかはデータでは実感できません。この競技で相手を知るためには、まず触れてみる必要があるんです。

—触覚が重要ということですね。

田中:そうです。触覚といえば、ボールの表面や芝生を触った感じなど、そういったことをすごく気にする選手が多いですね。もちろん普通のサッカーの選手も気にしますが、私たちは見えないぶん、触感がより重要なんです。ちなみにボールを扱う技術が向上してくると、ボールの音に集中するのではなく足の感覚でドリブルできるようになります。すると周囲を感じる余裕が生まれ、フィールド内でスペースを見つけたり、自分に対する相手の動きを読んだりすることが可能になります。「左に進んだら相手も付いてきた、だったら切り返そう」という瞬時の判断などですね。

—試合の振り返りはどうされているのですか?

田中:実は苦労している点です。われわれ選手が試合内容を把握するための一番いい方法は、現場にいることなんです。フィールドでボールの音を追い、選手の動く音とか声を聞く。現地で観戦していれば、例えば、選手がドリブルをして、切り返してかわした……なんていうこともわかるんです。ビデオではスピーカーからの音になるので、状況がわかりません。

—自分達の試合も振り返りが、なかなか難しいですね。

田中:ええ。話すだけだとイメージがずれることがあるので、最近では、チームメイトの背中にポジションを指で書いて動きを確認するといったこともやっています。今後、さまざまなテクノロジーが進化し、音で試合を再現できるようなシステムが実現しないか、期待しています。きちんと試合内容を振り返って分析できるようになれば、日本はもっと強くなるはずですから。

プレー中の田中さん。その動きは、とても周囲が見えていないとは思えないほど速く、思い切りがいい。選手同士の接触も起こるが、ケガを防ぐため田中さんのマイマスクには厚めのクッションが入っている。

視覚障がい者5人制サッカーってどんなスポーツ?

5人制サッカーとしてパラリンピックでも実施される。1チームの人数はゴールキーパーを含む5人。ゴールキーパーは晴眼者または弱視者が務める。ボールには鈴のようなものが入っており、転がると音が出る仕組みになっている。また選手は、ボールを持った相手に向かっていくときは「ボイ!」と声を出す必要がある。なお敵陣ゴールの裏には「ガイド」と呼ばれる晴眼者が立ち、ゴールの位置やシュートのタイミングなどを声で伝える。フィールドはフットサルと同じ広さで、両サイドラインに高さ1mほどのサイドフェンスを配置。このフェンスの跳ね返りを利用したプレーも可能となっている。2004年のアテネよりパラリンピックの公式競技。

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