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創造性のきっかけを広げる

ウェルビーイングとクリエイティビティ

NTTの研究所では、自身や周囲の人のウェルビーイングに関する価値観を、可視化し共有するツール「わたしたちのウェルビーイングカード」を開発しています。本号では、岡山大学の清田哲男 教授にクリエイティブ・エデュケーターを育成する上での使用、大阪市立天王寺中学校の田窪真樹 教諭には美術科の授業の中での使用について、現場の生の声を伺いました。
清田哲男

清田哲男
Tetsuo Kiyota

岡山大学 学術研究院教育学域 教授。同大大学院 教育学研究科附属 国際創造性・STEAM教育開発センターにてクリエイティブ・エデュケーターの育成を行う。専門は美術科教育、デザイン教育。ANCS(創造性が社会と出会う美術教育)代表。

田窪真樹

田窪真樹
Masaki Takubo

大阪市立天王寺中学校 主務教諭。大阪市内で若手育成の自主研修会を定期的に開催するかたわら、さまざまな研究会やワークショップに関わりながら、実践研究を進めている。

創造性教育の未来を担う人材の育成

—始めに清田さんのご研究について聞かせてください。

清田哲男(以下、清田):岡山大学で美術教育の研究をしています。大学では同時に、子どもたちの創造性を育むクリエイティブな先生「クリエイティブ・エデュケーター」の資格が取れるコースを開講しています。創造性教育のめざす先には、人類の幸福、ウェルビーイングがあります。子どもたちが、教科書に載っている内容と社会とを結び付ける存在になるためには、まず子どもたち自身が創造性を持つこと、モノとの新しい豊かな関係性をつくる力を持つことが重要です。東京大学の岡田 猛先生に教えていただいたことですが、例えば、毎日飲んでいる牛乳瓶と新しい関係性を結ぶために、昨日と違う持ち方で持ってみる、違うスピードで飲んでみる。そうすることで新しい発見が生まれる。それこそが学びの本質だと思っています。こういうことが指導できる先生を育成したいのです。

—クリエイティブ・エデュケーターのコースでは何を学ぶのでしょうか?

清田:関係性をつくるためには、まず、感じることが大事であって、見るだけではなく、音や匂い、触覚も含めて感覚を通した新しい関係性を社会、自然と結ぶ。こういう考え方を私たちは感創と呼んでいます。例えば、「わたしたちのウェルビーイングカード」(以下、WBカード)に書かれている要因の一つを、自分の体を動して表現し相手に伝えるというワークをしています。「愛」を選んだならば、その人が愛をどのように感じているのか、動きを通して理解できます。言葉だけでなく、感覚や身体を通しての理解を進めています。

ウェルビーイングを活用した創造性教育の実践

—続いて田窪さんの自己紹介をお願いします。

田窪真樹(以下、田窪):大阪市立天王寺中学校で美術の教員をしています。清田先生の研究室が主宰されているANCS「創造性が社会と出会う美術教育」[※1]の企画に参加する中で、ウェルビーイングについて学ぶ機会がありました。そこで教えてもらったWBカードを授業の実践に組み入れてみたところ、子どもたちの表現の豊かさ、主題の掘り下げ方が明らかに変わったと感じて、その後も授業に取り入れるようになりました。そもそも美術教育は道徳や心のあり方と密接に関わっていますので、WBカードとも親和性が高く、美術の授業の質を底上げしてくれる存在だと捉えています。

—具体的には、どのような使い方をしていますか?

田窪:学年ごとにWBカードの考え方を取り入れた実践をしています。1年生では1学期にWBカードの中からランダムに3枚選んで、3枚のカードすべて、あるいはその中の1枚でもいいので、引いたカードに書かれた要因から連想するイメージを色と形で表すという課題に取り組みます。なぜランダムに引いたカードにしているかというと、「自分のウェルビーイングはこうだ」と決めてしまう前に、まずウェルビーイングに対する視点を広げてから、その後に自分で選んで表現する活動につなげたいという理由があります。実際、そうすることで、子どもたちの表現につながる発想が豊かになったという手応えを感じています。

3学期には、紙材を使って「わたし」を表すという題材に取り組みます。最終的には4人の班の「わたしたち」を4人で表します(写真1)。これは「Self-as-We[※2]」という考え方を意識して行ったものです。自分の発想と、自分では思い付かない発想とが組み合わさったときに共通点が見つかったり、次の段階に進んだり、その過程を含めて子どもたちは楽しんでいるように感じられました。実は、この実践ではWBカードを使っていませんが、私は、自分や、自分と他者の関係を見つめることを常に意識しながら彼らに話しているので、カードの考え方がこの活動につながったと感じています。

[写真1] 授業で紙材のさまざまな扱い方を学んだあと、紙材を使って「わたし」、そして4人班の「わたしたち」を表現する課題に取り組む生徒たち。

[写真1] 授業で紙材のさまざまな扱い方を学んだあと、紙材を使って「わたし」、そして4人班の「わたしたち」を表現する課題に取り組む生徒たち。

—ほかの学年ではどういった授業をされているのでしょうか?

田窪:2年生では「お菓子×ウェルビーイング」というテーマで、創作菓子のサンプルを粘土で制作しました。まず、それぞれの一番好きなお菓子を決めて、そのお菓子のイメージとしてふさわしいカードを選びました。「お菓子×祝福」「お菓子×心の平穏」といった具合に、それぞれ好きなお菓子にそれぞれが選んだWBカードを掛け合わせて、理想のお菓子のその先にある進化形のものを作ろうと(写真2)。

以前に渡邊さんとお話しした際、自分の中の概念とWBカードの概念をパレットの上で混ぜ合わせると新しい概念や発想が生まれるという話があって、それが僕の中で腑に落ちた感じがしていました。このカードがあることで子どもたちが自分の世界を広げていける、広げるから深めていけるきっかけになりうると感じました。子どもたちも最初は難しいと言うのですが、やっていくうちに「こういう風にしたら面白い」とか「より、おいしい」といった話をするなど、今よりもよりよいものをつくり出そうとする時間が生まれたと思います。

3年生では、オーソドックスですが自分の心の中を絵で表そうということで、WBカードを手掛かりにしながら1~3年でやってきた中学校美術の集大成的な心象表現を行います。アンケートをとると、WBカードがそれぞれの発想や構想を深める足掛かりになっているようです。このようにWBカードを手掛かりとして、自分の心のありようを見つめて作品につなげていくという展開のさせ方をしています。

—清田さんはこの実践をどうご覧になりますか?

清田:こういう実践をされている先生は、全国でも稀有ではないかと思います。美術では、言葉では表しにくいことを、色や形で伝えようとします。子どもたちには、違う感覚と違う感覚を結び付ける経験値が少なく難しいときもありますが、WBカードが感覚と感覚をつなぐ役割を果たしているのだと思います。また、「わたしたち」という点についても、学校教育では今、グループで何かを決めるときに多数決を取ることが多いのですが、それでは思考停止のまま決まってしまいます。「自分はそう思っていなくてもそれに従う」のではなくて、多数決だったとしても「当事者としてわたしたちが決めたことだ」と考えることが必要です。田窪先生の実践は、子どもたちがそれを感じながら学べる点が素晴らしいと思います。

「理想の社会を描くマカロン」
マカロン×自然/多様性

土台を深緑にして環境を表し、マーブルで多様性を示した。

「自然と生命」
チョコレート×生命・自然

かわいい見た目で、生き物や雨など、自然について知ることができる。

「マジックチョコ」
チョコレート×多様性

ねじれたチョコにカラフルなミンツを付け、一度に多様な味や食感を楽しめる。
[写真2] 「お菓子×ウェルビーイング」をテーマに制作された子どもたちの作品「わたしたちのいとお菓子」と制作者のコメント(要約)。

WBカードで生まれた変化と創造性教育のこれから

—田窪さんの授業では、WBカードを取り入れたことで、子どもたちに変化はありましたか?

田窪:WBカードを使ってよかった点は、発想する段階でのつまずきが減り、制作に取りかかれない子どもが減ったことです。普段から発想できている子はより深みが増し、いずれも手掛かりとして効果的でした。1年生はどうしても深めるところまでは至りませんが、2年、3年と続けていく中で、広がったものが深まるきっかけになったりしているので、継続することで各学年の取り組みと絡めていけると感じています。

—クリエイティブ・エデュケーターをめざす学生たちの反応はどうだったでしょうか?

清田:「自分が学んでいることはこんなに面白いから、いろいろな人に伝えたい」と言う学生が増えました。先日のオープンキャンパスでは、先生の代わりに学生が説明したのですが、その中でWBカードのキーワードがたくさん出てきました。一番多かったのは「応援」で、あとは「成長」「思いやり」です。「卒業後も一緒に研究や教育活動をやっていきたい」と思える仲間になれる場所はほかにないと、一生懸命に話していました。今後についてですが、今、一期生が大学2年生で、2年後にはクリエイティブ・エデュケーターとして卒業し、先生として社会に出ていきます。現在でも、田窪さんのような、感じて、発見して、豊かな心をもった子どもを育てるクリエイティブ・エデュケーターのロールモデルのような先生はいらっしゃいますし、そのような先生が育ってくれたらと思っています。


※1 ANCS(Art Education Nurturing Creativity through Encounters with Society)「創造性が社会と出会う美術教育」をテーマに、図工室、美術室での授業の中で、子どもの夢や願いを叶える「創造力」を培う学習モデルを提唱。
https://ancs-site.studio.site
※2 Self-as-We 「わたし」でなく「わたしたち」を自己として捉える自己観。
https://furue.ilab.ntt.co.jp/book/202002/contents1.html


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