コラム:触覚と社会を結ぶ “ソーシャル・ハプティクス”への誘い
NTT研究所発触感コンテンツ専門誌“ふるえ”は本号で15号を迎えました。“ふるえ“ではこれまで、「ぬくもり」(2号) 「ハプティック」(7号) 「テクスチャ」(10号)のように触感覚の仕組みやそのデザインを中心に、「痕跡」(6号) 「グラビティ」(13号)等では身体感覚とテクノロジーについて、さらには「ユートピア」(12号)では人間と社会の関係について特集を組んできました。そして、本号では「ソサエティ」、社会そのものを特集に取り上げました。触覚をテーマとした本誌がなぜ社会を特集するのか、一見、触覚と社会は結びつきにくいかもしれません。しかし、実は私たちの社会形成において、触覚や身体感覚は大きな役割を担っています。

私たちが属する社会を生まれてから順に考えると、家族、近所の公園、学校、会社とだんだん人数が増え、身体接触のあるプライベートな社会から触れ合うことが許されないパブリックな社会へと移行してきました。特に都市においては、日常でも多くの見ず知らずの人と生活を送るようになり、コミュニケーションの中で身体接触はほとんど行われなくなりました。また、一方で、ネットワーク技術やSNSを通じたコミュニケーションが生じ、そこには別の社会が立ち上がっているようにも見えます。しかし、そこでもネット上のいじめや炎上など、身体性が希薄なことを一因とする問題も多く生じています。

もし、視覚・聴覚だけでなく触/身体感覚がネットワークを通じて多くの人に伝送されるようになったとしたら 私たちの社会はどのように変化するでしょうか。前述のような問題は解決されるでしょうか。これまでの触/身体感覚の研究は、主に一対一の関係の中で情報を伝達することそれ自体を目的としてきましたが、それが現在は産業の対象となり、さらには、ここ数年の計測・伝送・提示技術の発展により、ネットワークを介して多人数に触覚情報を送ることも可能になってきています。そうであるならば、今後、研究として取り組むべきは、触/身体感覚の提示だけでなく、触/身体感覚によって社会に何を成すことができるかということです。

特に、多人数が対象となる触/身体感覚の提示のための方法論や、公共空間における触/身体感覚のデザイン、具体的には、もともと利害を同じにしていない人と人の間の感情移入や合意形成、そういったものを実現するための触/身体感覚のデザインについて考える必要があるということです。本誌では、このような、「公共において、人と人との関係性を変容させる触/身体感覚」の研究領域をソーシャル・ハプティクス(Social Haptics)と呼び、今後、関連する話題を取り上げていく予定です。
渡邊淳司
(日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所 主任研究員(特別研究員)/本誌編集長)

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