動物と向き合うことで生きることを考える
「未来都市 おおむた」では、幸せの枠組みを人だけにとどめない考えが生まれている。動物福祉というユニークな取り組みで注目を集める大牟田市動物園の椎原春一氏に、そのコンセプトに基づく活動と目指すところを説明していただいた。
Shiihara Shunichi
Shiihara Shunichi
2007年より大牟田市動物園の園長を務める。相手の視点に配慮しながらきちんと向き合う体験を通して、動物園が、人も動物もより良い生活を送るには何が必要か考える場になる日を夢見る。

動物の福祉を考える動物園

—「動物福祉」という言葉が何を指すのか、ピンと来ない人は多いだろう。椎原氏の説明もそこから始まった。

椎原:動物福祉とは、動物を人間と同様に主観を持つ存在だと尊重する考え方です。当たり前ですが、動物も痛みや苦しみを感じるし、喜怒哀楽もあります。また動物園は、動物にとって居心地がいい場所のように思われがちですが、実は彼らにとっては未知で危険な領域です。まずは安心できる場所を作ってあげることが重要。安心できて初めて、人と接したり学習したりできるようになるのです。

—動物福祉の実践の一例として紹介されたのは、動物園でのモルモットの飼育状況。

椎原:モルモットと来場者が触れ合うコーナーを設けているのですが、その場所に行くかどうかはモルモットに任せています。行きたくないモルモットは行かないし、来場者と触れ合うかどうかも自由。選択肢を用意して主体性を担保しています。来場者にもモルモットの行動や仕草を観察してもらい、気持ちを考えてもらうようにしています。

—動物園という環境では、なでたり食事をあげたりといった行為も、人が一方的に行うと恐怖につながる。そのほか、定期検診を行う際には動物に協力してもらっている。採血や体重計測のための行動を、動物自らが取れるようにコミュニケーションする様子が紹介された(「みんなで大牟田市動物園を訪ねた」 のレポートを参照)。

「ケア」から「ウェルフェア」 そして「ウェルビーイング」を目指す 

椎原:できるだけ本来の生活環境を再現してやることも大切です。例えば、ミニブタは土の中の食べ物を探します。なのでエサ箱ではなく、土の中にエサを隠して探してもらいます。こういった行動ができないとフラストレーションが溜まるし、動物にとって観察したり学習したり挑戦したりすることはとても大事なんです。そんな探索行動が、彼らにとって「未知の危険な領域」だった動物園を「未知の可能性のある領域」に変化させるのです。

—そして大牟田市動物園では、動物の欲求をさらに高い次元で満たすことを目指しているという。

椎原:動物の基本的な欲求、つまり生理的欲求や安全欲求を満たすことは「ケア」だと言えます。これはあくまで提供するもの。それより次元の高い欲求を満たすのは「ウェルフェア」で、人間と動物がパートナーとなることが重要となります。そして最終的な目標は「ウェルビーイング」。動物たちが尊厳を持って生活できるようになる状態です。人は動物を利用することで発展してきました。動物園も人の利用目的があって存在するわけです。でも、私たちは動物の生活の質も高めていきたい。そこには矛盾もありますし、うまくいかないこともあります。動物福祉と利用目的のバランスをうまく取りながら両方を高める努力を続けていくことで、皆さんにも考えてもらう動機付けになればと思っています。

入口には「ぞうはいません」の看板

大牟田市動物園には、動物園の定番と言えるゾウがいない。ゾウは群での生活を基本としているが、当然、群で飼育するためには広大な敷地が必要となる。ゾウ本来の生活環境の確保が難しいため、動物福祉の観点から飼育を行っていないのだ。そのことを説明する入園口の「ぞうはいません」という看板は、この動物園の象徴とも言える。


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