人間の能力の可能性と時間に対する考え方
身体論の研究者には、大牟田での取り組みはどう映っているのか。伊藤亜紗氏による、障がい者と接した経験などを踏まえた興味深い話が展開された。大牟田の取り組みには、伊藤氏の「人の能力は個人のものではなく関係性から生まれるもの」という考えが盛り込まれていた。
Ito Asa
Ito Asa
MIT客員研究員。東京工業大学准教授。主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社、近日刊)など。

関係性の中で能力は定義される

伊藤:障がい者は、健常者が持っている能力が部分的にない人と捉えられがちですが、そもそも能力を「できる/できない」という2分法で考えていいのでしょうか? 仕事の場合でも、どんな相手とやり取りするかで引き出される能力は変わります。つまり能力は周りの人との関係によって変化し、関係の中でこそ定義できるものです。障がいがある方は、自分ひとりではやりたいことを完結できないことが多い。そうすると周りの人の能力を、いわばネットワーク的にうまく取り込んで目的を実現する。実際、そんな取り込み方もあるんだ、と驚くことがあります。

—ネットワーク的な能力という考え方は、介護にも当てはまる、特に大牟田に来てそれを強く感じたという。

伊藤:能力が個々のものだと考えると、「失敗しないよう前もってサポートしよう」と予防的になる。これは、一見優しいのですが、結局は当事者の主体性を摘んでしまいます。それに対して能力をネットワーク的に捉えれば、「問題が起こっても大丈夫なように準備しよう」という予備的な対応となるでしょう。大牟田市の認知症SOSネットワーク模擬訓練もそうですね。問題はあってもいい、ただし、対処方法が用意されている状態にしておくということです。

引き算の時間と足し算の時間

伊藤:「時間」も現在興味を持っているテーマです。現代の私たちの生活は、引き算の時間がベースになっていると思うんです。「1週間後までに成果を」といった具合に、常にゴールがちょっと先にあり、そこから定義された現在を生きている。保険の制度などもそうで、未来が予測可能なものと考えられている。でも、そんなに簡単に未来って予測できないと思うんです。

—こうした引き算的な時間の考えに対し、伊藤氏は足し算の時間を提唱する。

伊藤:計画どおり進まないかもしれないけれど、偶然出会ったことの影響で人生が変わったり、気付きがあったり。そういったことが考慮される時間の考え方ですね。「予測された未来に時間がまっすぐ進んでいる、そんな感覚では生きていくのが難しい」という若年性認知症の方の話がきっかけで、こういった考えを持ちました。そう感じている方が実際にいるし増えるかもしれない。社会もそういった人をサポートすべきだと思います。

—時間に関してはこんなエピソードも紹介された。

伊藤:認知症の方とのワークショップなどを主催されているダンサーの方から「認知症の方は、未来の体で生きているのではないか」という言葉を聞きました。健常者は自分の経験を踏まえて、できるできないを判断し行動する。ところが認知症の方は、過去に強くとらわれることがある一方で、経験知から判断せずに行動することもある。つまり未来のすごくオープンな体で生きている感じがするというんです。そんなときは、過去のコンテクストの影響が少ないぶん、実は私たちにはない自由さを持っていると言えるのかもしれません。こういったエピソードにも研究に生かせるヒントがあるのではないかと思います。

大谷るみ子氏から、大牟田市の認知症への取り組みについて他の登壇者たちと話を聞く伊藤氏。大牟田市の認知症SOS ネットワーク模擬訓練には、周囲の人々の能力のネットワーク的な使い方に通じる考えがある。


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