Home / マオリの「ティカンガ」とウェルビーイング

人、時間、自然とのつながりが支える社会


マオリの「ティカンガ」とウェルビーイング

ニュージーランドの先住民族であるマオリの人々が古代より受け継いできた「ティカンガ(Tikanga)」は、マオリ文化における一連のルールや慣習であり、土地や祖先、精霊とつながりながら、よりよく生きるための道筋とも言われています。ニュージーランドで法曹の立場からティカンガと出会い、ウェルビーイングの考え方との共通点を見いだしたという西尾 拡氏にお話を聞きました。
西尾 拡

西尾 拡
Kaku Nishio

弁護士(ニュージーランド)。中国、シンガポールを経てニュージーランドに移住。輸出入に関する貿易事業や国際ビジネスのコンサルタントなどに従事した後、弁護士資格を取得。現在は、弁護士としてニュージーランドの法律事務所に所属。

法律を学ぶ中で出会ったマオリの慣習法“ティカンガ”

—西尾さんがマオリについて学ぶことになった経緯を聞かせてください。

西尾:長い経歴なのですが、簡単に説明すると、私は2002年から約10年間中国にいまして、その後、シンガポールを経て2014年にニュージーランドに移住しました。これまで、貿易やコンサルタントといったビジネスに携わってきましたが、昨年から弁護士をしています。

というのも、コロナ禍でニュージーランドはロックダウンを実施し、完全に国境を閉じてしまいました。その当時私は貿易の仕事をしていたのですが、輸出も止まってしまい、やることがありません。そこで、大学で法学部だったこともあり、ニュージーランドの法律を勉強しようと思い立ちました。法律の勉強をする中で、出会ったのがティカンガ(Tikanga)でした。

ティカンガはマオリの人たちの慣習や価値観で、そこでは、社会的な害が出たときに個人を罰するのではなく、社会としてどうやってこれを防止するかという考えが先に来ます。私の小学校の先生も、クラスで悪いことが起きたときに、その子を罰するよりも全体のバランスをどうやって取り戻すのかを優先していました。ひょっとしたら日本人は、欧米の個人主義的な価値観よりもマオリの価値観に近いかもしれないとピンときて、この考えを日本にも広めたいと考えたんです。

—ニュージーランドの法律にはマオリの慣習が取り入れられているのですか?

西尾:そうですね。例えば、刑法の中にはマオリの慣習法(ティカンガ)が取り入れられています。ニュージーランドの人口の約20%は、マオリを始めサモアやフィジーなどポリネシア系の移民、その子孫が占めています。彼らの価値観は異なりますし、その価値観の違いのせいで刑務所に入ってしまった人も大勢いると思います。そのこともあり、ニュージーランドの現在の刑事制度ではティカンガが判決の一つの基準として考慮されるようになっています。

ティカンガを理解するためのキーワード

—そもそもティカンガとは、どのようなものなのでしょうか?

西尾:ティカンガはマオリの人たちの慣習と言われていますが、価値観そのものと言ってよいと思います。ティカンガというのは、鉄を持っていなかったマオリの人々が自然と対峙しながら、コミュニティを維持発展させるために育んできたルールであり、掟であって、文字ではなく行動や価値観として性別や年齢を問わず人々の中で今でも生きているものです。ラグビーニュージーランド代表“オールブラックス”が試合前に行うハカ(Haka)という群舞が有名ですが、あれはティカンガです(写真1)。

ティカンガは価値観に近いものですが、その中の小さな慣習にカワ(Kawa)があります。カワを実行すれば自動的にティカンガが達成されることになっています。日本で言うと「いただきます」「ごちそうさま」とか、家に入るときは靴を脱ぐといった、意味を考えずに自然にやっているようなことです。

[写真1] 2023年のラグビーワールドカップで試合中に行われたラグビーニュージーランド代表“オールブラックス”によるハカ。

—ほかにもそういった価値観を表現する言葉はありますか?

西尾:例えば「マナ(Mana)」という言葉があって、尊厳、威信、精神的な力、根源などと訳されます。マナという言葉自体は日本のゲームにも出てきますが、それと同様の力や精神の源のようなイメージで、それが先祖から引き継がれたり、人類の発展に貢献することによって増えていきます。マナは最も大切にされている価値観の一つです。

年を重ねるとマナがたまってトゥアカナ(Tuakana)となり、若い人を示すテイナ(Teina)に分け与えるという考えがあります。日本の先輩・後輩の関係そのものです。

ほかにも、墓参りをしている間は「タプ(Tapu)」で、緊張を保ってティカンガにのっとった行動を取り、元に戻ると「ノア(Noa)」という状態になります。初対面の人と会ったときはタプで、握手をして鼻と鼻を当てるホンギ(Hongi)というあいさつを済ませたらノアになります(写真2)。日本の墓参りやあいさつにも共通点があり、意味が分かると親近感が湧くと思います。

また大事な概念として、「ファカパパ(Whakapapa)」があります。これには2つの意味があり、1つは「系譜(Genealogy)」です。家系図を想像してください。私の上流には両親がいて、両親からさらに先祖へと続いていく家系図の中にある自分の位置を、ファカパパと言います。

そして、もう1つ重要な意味が「積層(Layering)」です。これは、自分は遠い祖先から山・海・川とつながっている、ここに至るまでにさまざまな人がつながり、脈々と積み重なってきたすべての中に自分は存在しているといった概念です。つまりファカパパというのは、系譜であり積層であり、ひと言で言えば「帰属」です。家系を超えたコミュニティ、風土への帰属と言ってよいと思っています。

[写真2] マオリ族のあいさつ「ホンギ」。向かい合って鼻と鼻を押し当てることで、お互いを受け入れ合う。

マオリのティカンガとウェルビーイング

—先祖や自然とのつながりの話は、ウェルビーイングのカテゴリーである「UNIVERSE」と似ていますね。

西尾:ウェルビーイングの考え方と共通する部分は多いと感じます。またティカンガは、渡邊さんたちの著書で触れている「ゆらぎ」「ゆだね」「ゆとり」というキーワードで構成される「ゆ理論[※1]」にもつながっていると思います。

例えば、「ファナウナタンガ(Whanaungatanga)」。これは、人は皆支え合って生きているという考え方です。ファナウ(Whanau)は家族という意味で、それを超えて血縁がなくても一緒に何かをする、例えば一緒に食事をするといったことを経験することで、仲間として受け入れる。マオリの人たちにはそのための形式があって、歌や儀式などを経験することもあります。

また、より高位の概念として、思いやりの心や親切を意味する「マナアキタンガ(Manaakitanga)」があります。マナがにじみ出て広がっていくイメージです。ファカパパを超えて、困っている人は皆マナアキタンガが必要だと考えます。私は弁護士としても、マナアキタンガは常に考えるようにしています。

刑法の教科書にこんなことが書いてあります。「マオリの社会はつながっていると考えられていて、個人の行動はファカパパ(系譜や積層)やファナウナタンガ(支え合い)との関係性の中で発生する」。西洋社会では個人の行動は個人の意思決定によって起こると考えます。社会的な害は、直接それに関わった人の態度や精神状態、特性によって説明され、義務に反したり、罪を犯したりしたならばその個人を処罰することになります。

一方、ティカンガを考慮したニュージーランドの法律では、社会的な害は関係性や経緯など大きな文脈の中で説明されます。基本的に義務や責任は集団にあるため、何か害が起きたときに最も重要になるのは、関係性の修復です(マオリの修復的司法[※2])。

全体主義ではない集団的価値観

—マオリと日本の社会や考え方を比べて、共通しているところはありますか?

西尾:マオリの社会と西洋社会、それに対して日本はどうなのかと考えると、今は核家族化や都市化が進んで、個人主義が強くなっていますが、伝統的には集団的な価値観が奥底にあると思います。ただ、戦争中の全体主義の影響で、日本には集団的な義務に対する抵抗と不安がある。その結果、伝統の集団的価値観が全体主義と混同されてしまったのではないかと推測します。

全体主義ではない集団的価値観は、人と人のつながりを認めること、その関係性の中で生きていくということ。そしてそれは「ゆだね」の関係であり、何かを強制する関係ではないこと。日本人は、伝統的な集団的価値観を素直に正面から認めることが大切なのではないかと思うのです。

マオリの人たちが言っていることは、元々日本にもあった考えだと思います。私が通っていた香川県の小学校に貼ってあった「思いやりの心」といった標語と、そんなに変わらないように思うのです。人類がずっと持っていた大切な部分をさまざまな形式や習慣、マナーに落とし込んでいったものがマオリのティカンガなのではないかと思います。

私はこのティカンガの考え方を日本に持ち込んで、人のつながりを意識できるゆとりのある社会をめざすヒントにしたいと考えています。そのためには、無理に日本語の漢字を当てはめたりして意味を固定させず、「ティカンガ」という適度にゆらぎのある言葉で、日本にも浸透させたいと思っています。

[※1]ゆ理論:「わたしたちのウェルビーイング」を実現するための「ゆらぎ」「ゆだね」「ゆとり」という3つの「ゆ」から始めるデザイン領域。(ふるえVol.48
[※2]修復的司法:当事者全員で問題の文脈やその解決方法について、納得するまで話し合う司法モデル ふるえVol.47「人類学と脱暴力から捉える社会のデザイン原理」

ティカンガを織りなす言葉

ティカンガを構成している価値観や行動様式を示すマオリ族の言葉。

Mana マナ

尊厳、威信、精神的な力、根源でありティカンガの中核となる概念。

Ea エア

満たされた状態、円満を示す言葉。バランスが取れた状態。ウェルビーイングに近い概念。

Tapu タプ

厳粛、禁忌、神聖性などを伴い、緊張している状態。

Noa ノア

日常への回帰を意味し、タプと相対する状態を示す言葉。

Utu ウツ

相互性と調和。復讐という意味で使われることもあるが、本来はバランスを取り戻すという意味。日本で言えば年賀状をもらったら返しておこうと思う感覚。

Whakapapa ファカパパ

系譜と積層、部族社会の中で自分が位置している、山・海・川などとのつながり。初対面の際に互いにファカパパを明かすことがマナーに組み込まれている。先祖や環境への感謝と次世代への配慮に密接な関係がある。

Whanaungatanga ファナウナタンガ

絆、皆支え合って生きている、経験を分かち合うことで生まれる関係。互いへの敬意と感謝の心を持つ、ということとつながっている。

Manaakitanga マナアキタンガ

思いやりの心、親切、おもてなし。Whanau(家族、親族、仲間)であるかどうかに関わらず、他者に対しての思いやりを持つということ。

Copyright © NTT