プログラムとしての発酵 世代交代としての発酵
デザイナーでありながら酒匠の資格を持ち、地酒の魅力を発信する相馬佳暁さん。そして女優、モデルとしての経歴を経て、発酵マイスターとして精力的に活動を続けている田中菜月さん。細菌や酵母といった微生物の力を借りてアルコールやアミノ酸を生成する「発酵」でつながったお二人に、その魅力を語っていただきました。どんな話が醸かもされたのでしょうか。
相馬 佳暁
相馬 佳暁
PANOF Inc.代表

デザイナー。酒匠・日本酒学講師。国内外の店舗設計とブランディングに各地を飛回る。地場の魅力を掘りながら、器、お酒、食材を分ち合う空間 THE HANGAR中目黒を主宰、未来の日本酒文化のデザイン構築を目指す。
田中 菜月
田中 菜月
発酵エヴァンジェリスト/モデル

2012年に発酵と出会い、同時に体と心を根本から見直すため発酵とファスティングの資格を取得。田中菜月発酵展『醸し、醸され~春うらら♡』開催。発酵教室『Natsuki's HaCcOoo Lab』主宰。企業の発酵関連商品の開発/プロデュースも手掛ける。

独自の発酵文化が根付く日本

相馬:僕の発酵との出会いは日本酒。地酒の魅力にはまったんです。地酒って土着性が強くて、ワインでいうところの「テロワール※1」を感じます。そこから酒について調べていくうちに発酵に行き着きました。菜月さんはどうでしたか?
田中:発酵への入り口って、いろいろありますよね。私はリンゴ酵母なんです。ビンに詰めた水とハチミツとリンゴが発酵して、炭酸ガスが「ブシューッ」と出てきた瞬間、菌の生命力を感じて感動したんです。それが、発酵の世界に足を踏み入れるきっかけになりました。
[※1]ワインやお茶など、土地の生産物に特性を与えているとされる土地の個性。
発酵に至る過程は、実はコンピュータのプログラムに似てる
相馬:発酵の面から見ると、日本酒はほかの酒とは異なる独自のものです。いわば日本の文化的固有財産です。この独自の文化を絶やしてはならないと思い、発酵の素晴らしさを広める活動を続けています。まあ、主に呑んでいるのですが(笑)
田中:発酵食品に関しても日本には独自なものがありますよね。例えば、鮒寿司。ニゴロブナは皮も硬いし食べにくい食材だけど、それを2年間発酵させれば、骨も食べられるわけです。あと、猛毒なものが安全になることがありますね。フグの卵巣の粕漬けは、その最たるものだと思います。
相馬:発酵は伝統的なものですが、実はコンピュータのプログラムにも似ていると思ってます。麹や大豆に触れる仕込みの作業はソースコードを書いているようなもので、そのあとはプログラム=微生物が仕事をしてくれる。「目的」「プロセス」「結果」があるという点にも、類似性を感じます。それに、発酵にもプログラムにも仕込む人の個性が出ますね。
田中:なるほど。でも発酵は、完全にはコントロールできないですよね。作っている人の癖が出たり。そういうところが面白いところでもありますが。
相馬:そうそう。そこは生き物だから、ペットと同じで、完全にコントロールできてしまうと愛嬌がない(笑)。なでてるのに機嫌が悪い猫ってかわいいじゃないですか。
田中:なでるといえば、発酵のコントロール方法は、手で混ぜたり揉んだりと、すごくフィジカルですよね。実際に触れてみることが大事なんだなと実感することがあります。
相馬:経験を重ねると、発酵は手を動かして体験しないとわからない部分が大きいですね。ある意味、触覚によってコントロールしているともいえるでしょう。
田中:私は発酵食のワークショップを定期的に開いているんですが、例えば、味噌でも人によって出来上がりが変わるんです。同じ材料なんですけど、体温の違いや醸す場所の空気で差が出る。視覚ではわからない触覚とか、暮らす人の環境でも異なる味わいになっちゃう。そこにも発酵の奥深さを感じますね。

見えないけど豊かな存在 微生物とのコミュニケーション

田中:私は発酵のプロセスに、自己犠牲的なカッコよさを感じてしまうんですよ(笑)。例えばリンゴ酵母の場合、まず水とリンゴをビンに詰めます。すると最初に増殖するのはリンゴ表面に付いている乳酸菌です。時間が経ち乳酸菌が増えていくと、他の雑菌が入ってこられなくなる。
相馬:すると、今度は酵母が活発になってくるわけですね。
田中:そうですね。酵母は乳酸菌のおかげで増殖し、乳酸菌は、自分が出した酸で死んでしまう。命を完全燃焼させて次につなげるイメージですよね。完全燃焼スパイラル。その生き様がカッコいい!
相馬:なるほど。そして酵母が出すのが炭酸ガスとアルコールですね。お酒ができるのはこの辺りのタイミング。ただ、酵母も実は自分が出したアルコールで死んじゃいます。
田中:ここでもまた、完全燃焼スパイラルですね。
相馬:そうですね。特に日本酒は低温にて完全発酵が行われるため、約20%のアルコール濃度になります。これは、醸造酒の中では世界一高いんです。
田中:そのまま放っておくと、今度はアルコールを食べる酢酸菌が増えていき、いわゆる酢になっていく。優勢なグループが入れ替わっていく様子は、まるでビンの中で社会情勢が変化していくみたいですよね。
相馬:発酵のサイクルは、いわば世代交代のバトンリレーという感じかな。
田中:微生物たちは肉眼では見えませんが、ステキというか、愛おしいというか(笑)。
相馬:われわれの体調にも敏感に反応しますよね。各個人が保有する常在菌などが影響するんでしょう。
田中:毎年味噌を作っている方に聞くと、カビがすごく発生する年は、自分が病気になっていることが多いそうです。自分の健康状態が反映されているわけです。でも、自分で作る発酵食品は自分や自宅の常在菌が付いているので、自分に合ったものをいただくことができるともいえます。オーダーメイドというか、自分で自分に合う発酵食を作れるのは、素晴らしいと思います。
相馬:なるほど〜。しかし乳酸菌などの微生物は、肉眼では見えないけど確かな存在感がありますよね。外界の情報といえば、一般的には視覚が重要視されますが、発酵食品を飲んだり食べたりすると、味覚情報がイメージを強くかき立ててくれます。僕の場合、むしろ視覚情報より豊かに感じます。
田中:そういった面での発酵の素晴らしさを、もっと広めていきたいですよね。発酵について学ぶと、一杯のお味噌汁でもすごくテンションが上がります。味噌を仕込んだ人や、完全燃焼スパイラルのプロセスを繰り返しながら味噌を醸してくれた微生物たちのことを考えると、お腹も心も満たされます。
相馬:例えば、みりんはもち米とうるち米を発酵させたものですが、若い人は知らないんじゃないかな。スーパーで醤油の隣に並んでいるのは合成みりん、本物のみりんは酒類なのでお酒の隣に並んでますからね。
田中:日本が誇る豊かな発酵文化を、次の世代にバトンとして渡していきたいですよね。微生物たちのように。
完全燃焼スパイラル”で、発酵は次の世代に命をつなぐ。その“生き様”がカッコいい!


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