New Haptic Technology  舌に触れて生まれる未来の調味料
「電気味覚」

電気刺激で味をコントロールする電気味覚フォーク 

  子どものころ、乾電池をなめて、独特の“味”を感じたことはありませんか? あの味の正体は、味覚器への電気刺激によって生じる“電気味覚”です。味覚には、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の五味がありますが、電気味覚はそれらが混ざり合って感じられるような味です。
  電気味覚を発生させるためによく使われるのは、陽極刺激と陰極刺激の2つです。陽極刺激は、いわゆるプラス極から電気を流したときに感じる味です。刺激をオンにすると舌の神経が刺激されて味を感じるようになり、オフにすると消えます。味はいわゆる金属味ですが、酸味や塩味も感じます。陰極刺激の場合は味を感じさせるのではなく、オンにすると口の中のイオンの状態を制御して、舌の上のものの味を抑えます。刺激をオフにしたときに飲食物の味が戻ってくるので、元の味よりも強く感じる傾向があります。特に電解質について有効です。
  電気味覚のこれらの特徴を利用して、料理を食べるときに一緒に電気味覚も感じさせる装置を制作しました。そのひとつが、電気味覚フォークです。手で持って食べ物を刺し、口に入れたときに通電が起こり電気味覚が発生します。持ち手に抵抗を調整するスライダーが付いていて、これで食べる人が電気のオン/オフと、電気の強さ、つまり味の強さを調整するようになっています。

研究段階で使用した電気味覚フォーク。食べる作業に違和感があると、人はかなりの抵抗を感じてしまう。初期の電気味覚フォーク(左)は有線だったが、ケーブル付きのフォークでは違和感があるため、内蔵電源に変更した。

「NO SALT RESTAURANT」とその先に見える味覚の伝送

  この電気味覚フォークを応用して行われたのが、2016年4月に実施した「NO SALT RESTAURANT」(企画立案・全体統括 JWT Japan、プロダクト実用化は、JWTJapan、aircordが担当)です。これは、無塩のフルコース料理を電気味覚フォークで食べてもらうというプロジェクトで、高血圧などが原因で塩分を摂取できない方にも、電気味覚の助けを借りて塩味を感じる料理を楽しんでもらうという目的がありました。そもそも私の電気味覚の研究も、減塩が必要な家族のために何かできないかと思ったことがひとつのきっかけだったんです。
  「NO SALT RESTAURANT」で使用した電気味覚フォークは、陽極刺激を使用しています。ただ、電気味覚に加えて、“脳が記憶している塩味”も利用しています。具体的には、塩分が多くハイカロリーなイメージの料理をあえて選んで塩味を錯覚としても呼び起こすようにしてあるのです。
  電気味覚は、現状では主に塩味や酸味、苦味に近いものですが、理論上では五味が出せると言われています。電気刺激で味を再現できるということになれば、味を電気信号に変換し、これまで不可能だった味覚のデータ転送が可能になります。レシピサイトでレシピといっしょに味を配信するといったことも実現できるかもしれません。

中村 裕美
中村 裕美
独立行政法人 産業技術総合研究所 情報技術研究部門メディアインタラクション研究グループ 特別研究員

デジタル・フード・エンジニア。博士(工学)。明治大学で博士課程修了後、東京大学での特別研究員PDを経て現職に至る。電気味覚研究のほか、視聴覚メディアの閲覧・創作を支援する研究に従事。2010年度未踏ユーススーパークリエータ。第20回メディア芸術祭エンタテインメント部門優秀賞。

(本記事で紹介の内容は、明治大学理工学研究科および東京大学大学院情報学環で実施したものです)



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